香山リカ(精神科医 立教大学教授)
過日開催された日本外来精神医療学会で、宮岡等会長(北里大学医学部精神科学主任教授)と「マスメディアと精神医療」というテーマで対談する機会を与えられた。宮岡会長は「うつ病の薬物療法」などについてメディアからの取材を受けることの多い精神医学者だ。
新聞や商業誌などのマスメディアの要請でコメントを寄せたりインタビューに応じたりしたことのある医療従事者なら、誰もが「私が言いたかったことと記事になったことが違う!」と違和感を覚えた経験があるだろう。
慣れているドクターなら取材の記者に「原稿のチェックをさせてください」と要求するかもしれないが、チェックできるのは自分のコメント部分に限られる。「全体の構成を見せてもらわないとニュアンスが分からない」などと言っても「原稿の検閲は原則的にお断りしている」と断られるはずだ。
学会での対談で、宮岡教授は面白い話をしていた。
「新聞の取材があり、自分のコメント部分の確認をさせてもらったが、その後、記事になったものを見てビックリ。『うつ病は怠けだ』といった見出しが付いていたんです。それ以来、記者には『見出しにも気を付けてくださいね』と一応言うのですが、『見出しは記者ではなくてデスクが付けるので』という答えが返ってきます」
「それでもある取材では、コメント確認の時に『見出しはこうなりますが』と教えてくれて、『それなら大丈夫ですね』と安心していました。ところが、それが記事になったものを見て、またまたビックリ。うつ病の患者さんがニヤニヤ笑っているような、おかしな挿し絵が付けられていたのです。さすがに『挿し絵はどうなりますか』とも聞けないし……難しいです」
マスメディアによって誇張される情報 私にも似たような経験がある。あるテレビの健康番組でうつ病についてコメントしたのだが、「分かりやすく」という狙いで流された役者による寸劇ビデオがひどかった。
「うつ病で仕事に行けない」という設定の男性が、カウチに横になりポテトチップを食べながらテレビを見ている。それを見た妻は顔をしかめ、「テレビ見られるくらいなら仕事に行ってよ!」とキレる、といった構成だった。
これを見た人は、「うつ病は怠け」「家族は厳しく接してよい」といった誤った情報を受け取るだろう。ディレクターにその点を伝えてみたのだが、「視聴者に興味を持ってもらうためには、面白さや多少の誇張が欠かせないんですよ」との答えであった。
また、疾病や健康に関するの取材のはずだったのに、「プロフィール欄に使いますから」と趣味や家族構成などを聞かれることもある。
特に女性医師の場合、「お子さんは? 年齢は?」「好きな男性のタイプは?」などと芸能人のように質問攻めに遭い、「美人女医」といった肩書きで紹介されて不快な気分になった、という話も聞く。
これまた取材者に聞けば、「医者は怖い、という一般のイメージを変えて健康問題に関心を持ってもらうため」といったステレオタイプの意見が返ってくるだろう。
私も若い頃は、取材の後の写真撮影で「ちょっと白衣を着てもらえませんか」と頼まれることがよくあった。取材場所が病院でなければ白衣などあるわけはないのだが、ご丁寧に「持参しましたので」と差し出す記者もいた。
たいていの場合は「これだとコスプレになるでしょう」と断るのだが、中には「あなたのコメントを多くの人に届けるためにも、“優しいお医者さん”というイメージの白衣が必要です」と食い下がられ、やむなく着用したこともあった。
先ごろ、政治家の小沢一郎氏が政党党首の公開討論会で、司会者から「再婚相手は見つかりましたか」とプライベートに関する話題を振られ主催者に抗議する、という出来事があったが、医療従事者への取材でもまさに同じことが起きかねないのだ。
こういう経験を何度かすると、良識派のドクターであればあるほど「もうマスメディアとの付き合いは勘弁」と思うはずだ。
メディアに使われず、使いこなす 先の学会で、マスメディアとの付き合いで何度も苦い思いをした宮岡会長は「それでも精神科医がメディアに出ることは必要」と言った。「誰かが少しでも正しい情報を出さないと、記者は『誰でもいいから応じてくれる医者は』と探し、結局、怪しげな情報が発信されてしまいかねない」。
つまり、ベストの関係は望めなくても、せめてベターな落としどころを探して、良識派のドクターがなるべく正しい形でコメントなどが掲載されるよう、メディアの人たちと話し合って着地点を探る。そうした努力が必要というわけだ。
精神科医の多くが所属する日本精神神経学会にも広報委員会があり、マスメディアからの要請があればそのつど取材対応を行っているそうだ。おそらく、それが現在の精神医療で最も信頼できる回答ということになるだろうが、先にも述べたように「正しい答えは面白くない」というジレンマがある。
例えば、「うつ病の原因はストレスが関係している場合も、そうでない場合もある」といった回答にはメディアは満足せず、どうしても「うつ病の原因の90%はセックスレスです」などのセンセーショナルで、しかも誤った答えに飛び付きがちだ。
それを防ぐためにも、広報委員会などは「正しくて、しかも一般の人の興味も引く回答」を準備するという“芸当”を要求されることになる。たまったものではない。
いずれにしても、「まともな医者はマスメディアなどには出ない」と拒絶していられる時代はとうの昔に終わり、これからは「情報が欲しい。もっと知りたい」という世間のニーズにも応じていかなければならない。
今の社会を生きるドクターには「メディアに使われるのではなく、こちらがどううまく使いこなすか」というスキルも必要とされるのだ。なかなか悩ましい問題である。
LEAVE A REPLY