第93回 医師と薬剤師の協同で多剤処方に対処 老年薬学認定薬剤師の育成も目指す 高齢者医療において薬物治療は中心的な位置づけだが、一方で、疾患の多さから生じるポリファーマシー(多剤併用)と患者の服薬アドヒアランス(積極的管理)の低下による残薬の問題も生じている。これらの問題の解決や高齢者医療の支援・発展に寄与するため、医師や薬剤師らが今年1月、日本老年薬学会を設立した。 ◆老年薬学会設立の経緯を教えてください。 秋下:高齢者は一見元気に生活しているようにみえても、何らかの疾患を持って医療機関にかかっている人が多く、加えて後期高齢者の人口が増え続けています。どうしても多剤併用による有害事象や薬の飲み残しが増えてしまい、マスコミでもしばしば大きく取り上げられるようになりました。日本老年医学会では昨年12月に「高齢者の安全な薬物療養ガイドライン2015」を発行しました。私は作成グループ代表として携わっていたのですが、ガイドラインの10年ぶりの改訂で、薬物治療の裏側も取り上げて注意喚起をするなど内容は充実しています。さらに今年度の診療報酬改定で、多剤併用を見直して処方薬を減らすと点数が加算されるようになりました。「薬剤総合評価調整加算」「薬剤総合評価調整管理料」「連携管理加算」などの新設です。社会情勢や薬物治療を適正化しようという機運の盛り上がり、薬剤師の学習意欲の高まりなどが背景にあります。
◆会員数はどれくらいですか? 秋下:6月で1000人を超えました。右肩上がりで増え続けています。9割が薬剤師で、薬局薬剤師、病院薬剤師、大学病院薬剤部などからの参加が目立ちます。残り1割くらいが医師や栄養士、理学療法士、そして個人としてMR(医薬情報担当者)などです。薬剤師の意欲は高く、地方の講演会で話しても「今日は若い人が多いな」と思うと薬剤師がほとんどで、熱心に聞いています。降壇してからも質問してくるので、こちらも老年薬学会のPRをしようとすると「もう入っています」なんてこともありました。 高齢者のために薬物医療を適正化 ◆どのような活動を展開しますか。 秋下:大きく言えば、高齢者のQOL(生活の質)、ADL(日常生活動作)の向上のために薬物治療の適正化を研究、啓発するということです。高齢者に対しては、過少でも過剰でもなく、適切でQOLを大切にする医療が求められます。薬物の管理や適正化はとても大切なことです。それらに向かった研究に加え、薬剤師の教育、さらに一般高齢者を対象にした啓発イベントなどを考えています。 ◆薬剤師たちの期待も大きいですね。 秋下:何人もの多剤併用による有害事象が出た患者さんを診て来ましたが、薬を渡す時に薬剤師が疑問を感じるケースも多かったのでは、と思います。医師に対して声を上げていないのです。熱心で問題意識も高いのですが、医師に意見を言いにくい雰囲気が多くの医療機関にあるようです。薬剤師が積極的に意見を言える土壌をつくっていきたいです。「言えない」「言ったことはあるけど怒られた」といった話をよく聞きます。医師に理解を求めていますが、自信がないとかスキルに差があると卑下して意見を言わなくなる薬剤師にも責任はあります。「薬剤師をうまく使ってください」という積極性が大切です。老年薬学会では、その裏付けの一つとなる「老年薬学認定薬剤師」制度を設けて薬剤師の知識と技術の向上に結び付けようとしています。 ◆一般への啓発も学会の大きな役割ですね。 秋下:処方を受ける側の意識はとても重要です。従来の典型的な市民公開講座では「薬はちゃんと飲みましょう」ということが主眼でした。しかし、本当に大切なのは「静かに飲み残してしまうのではなく、医師と見直しの交渉をしてください」ということです。「調子が悪い」とも「こんなに飲めない」とも言えずに、そのまま飲み残してしまうケースが多いのです。一方で“薬マニア”もいます。医師が「この薬はあなたには効きそうもないですよ」と言っても、「それでもとりあえず出してくれ」と訴えてきます。おくすり手帳もあまり機能していません。うつ病で精神科にかかっていて複数の医療機関から睡眠薬をもらっている高齢者が「手帳は持っていない。だって、もらっている薬がばれてしまうから」と言ったという話もあります。保険により薬剤費に対する負担感がないことも大きいのですが、制度的なことよりも「たくさんもらうことがいいことではない」という意識付けが必要です。病院は啓発の拠点でもあります。 老年薬学会を情報提供・情報交換の場に ◆多剤併用は薬物治療で避けて通れません。 秋下:治療は基本的に疾患ごとの対応になります。現在はEBM(根拠に基づく医療)に基づいた標準治療がガイドラインに沿って行われています。しかし、高齢者はいくつもの疾患を抱えています。それぞれの科でガイドラインを見ながら「薬はこうだな」と処方していくと、多剤併用になってしまいます。私は「足し算医療」と呼んでいます。同成分なら薬局でチェックが効きますが、それも複数の薬局でもらっている場合は難しくなります。問題は組み合わせです。A、B、Cの3剤の組み合わせによる相互作用があるかどうかが分かっていても、Dを組み合わせたらとなると分かりません。塩と砂糖とコショウとワサビを入れたらすごくまずい料理ができるというイメージです。一つ一つが悪いわけではなく、だからといって何でも混ぜたら駄目なのですが、これはガイドラインだけでは対応できない部分でもあります。例えば、心臓が悪くて交感神経に対するβ遮断薬が処方されながら、一方でCOPD(慢性閉塞性肺疾患)もあり、別の医師からは交感神経を刺激する吸入薬が処方されているとすると、遮断と刺激という相反する作用の薬剤を服用することになってしまいます。本質的にはどちらかを選ぶか、両方使わないかです。薬剤師の段階で気付いて医師にフィードバックしてほしい例です。 ◆今後の活動についてお聞かせください。 秋下:薬剤に関係するエリアでは非常に多くの方々が働いています。高齢者の薬物療法の最先端の情報提供の場、啓発の場となることが第一です。さらに、それぞれの方々が現場で行っているさまざまな工夫の発表の場、情報交換の場ですね。今まではそのような機会がありませんでした。先ほども触れましたが、高齢者に特化した新分野として認定薬剤師制度を設けることを目指しています。薬剤師にとって差別化を図れることはインセンティブになります。そして、薬剤師だけではなく、他の職種の参加にも期待しています。製薬会社のMRにも自社製品の動向だけではなく、高齢者への薬物治療全般を見渡した立場で参加してほしいですね。「この状況なら自社のこの薬は中止してください」と言えるほどになれば、会社のブランドも上がるでしょう。一番期待することは足し算医療に陥りがちな医師の意識改革です。経済的基盤をつくり、活動の輪を広げていきたいですね。
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