早速、民進党は「年金損失『５兆円』追及チーム」を発足させ、政府とＧＰＩＦに運用概況を公表するように迫っている。 だが、安倍晋三首相は「年金は長期運用で一喜一憂すべきではない」と回答し、担当の塩崎恭久厚生労働大臣も「長期的に利回りが確保されているかが大事だ。対案があるなら示せ」と開き直っている。

　当のＧＰＩＦは就任したばかりの高橋則広理事長が毎年６月下旬か７月上旬に発表していた運用概況書の公表を７月末に延期した。巨額の損失を出したのか、出していないのか、曖昧にしてしまう算段らしい。４年前に多くの病院が厚生年金基金運用で損失を出したＡＩＪ投資顧問事件をはるかに上回る「巨額損失」の実体はどうなっているのか。

年金資金の投入で株価を浮揚する策

　年金は今までも株価下落で評価損が出たということは起こった。そのリスクが大きくなったのは１４年からだ。安倍晋三首相が「年金積立金を増やすために年金もリスクを取って株投資を積極的に増やすべきだ」と主張したことから、ＧＰＩＦは１４年１０月から債権投資を減らし、株式投資を増加させた。

　それまでの年金の運用は国内債券が６７％を占め、国内株式は１１％、外国株式が９％だったが、１５年末には国内債券は３５％に減り、代わって国内株式が２５％、外国株式が２５％に拡大。「ハイリスク・ハイリターン」の運用にかじを切った。

　「安倍首相は景気回復しつつあるというが、多くの国民には〝実感なき景気回復〟。世界に〝バイ・マイ・アベノミクス〟と喧伝したにもかかわらず、アベノミクスの効果は出ていない。景気回復を実感するのに最も分かりやすいのが株価上昇。首相は年金も株式投資を増やすことでリターンを増やせといっているが、本心は株価を上昇させるために年金資金を株式投資に向かわせた」（ある経済評論家）

　株式投資を増やせば、万一、リーマンショックのようなことが起こったら、株価は暴落。年金は大損するリスクがある。だが、安倍首相が「俺の金じゃない」といったかどうかは定かではないが、株で一もうけしようという発想だ。

　この政府の姿勢にハイハイ、と従ったのがＧＰＩＦだ。こちらも「しょせん、俺の金ではない」と思ったのか。結局、１４年１０月から株式投資を拡大。１５年末には年金積立金の半分に近い４６％強を国内株、外国株に投資した。

　当然、世界景気の動向にあわせて年金積立金は含み益を出したり大損したりの変動を繰り返す。実際、株式投資を拡大した１５年７～９月期は国内株、外国株共に大損。ざっと７兆８８９９億円の赤字だった。このとき安倍首相は「年金は短期で見るべきではない」と答えている。

　次の１０～１２月期は株価が１万７３８８円（９月末）から１万９０３３円（１２月末）に上昇したことで、年金積立金は４兆７０３２億円のプラスになった。 まるでジェットコースターのようだが、安倍首相は「民主党政権時代は利益を出せなかったが、リスクを取ることで大きなリターンを得ている」と胸を張った。

　ところが、株価は今年の年初から急落を続けている。普通の経済状態なら金利が下がれば、株価は上昇する。安倍首相の誕生以来、日本銀行の「異次元の金融緩和」による低金利で株価を押し上げてきたが、すでに息切れ。

ＧＰＩＦに無理やり株を買わせ、さらに日銀が日本では過去例のないマイナス金利まで導入したものの、株価は反応しないどころか、逆に下がり続けている。株価が１万６０００円を割り込むこともしばしばだ。

　当然、株価に依存する年金の昨年度１年間の成績はかなりの損失を出したと予測されている。早速、民進党が追及チームをつくり、国会で問題にした。民進党の試算によれば、株式投資を抑えた旧比率では株で含み損が出ても債券の利益が穴埋めしてプラスマイナスゼロになったはず。しかし、政府の方針に合わせて株式投資を拡大した現行の投資比率では国内株、外国株ともに大損を出し、債券の利益でもカバーできず、４兆９０００億円の損失になっているという。

「ハイリスク・マイナスリターン」に

今や、株価が下がるたびに、国民の年金は減っているのだ。その一方、安倍首相は「想定の利益が出ないなら、当然、（年金）給付に影響する」とも言い、運用状況次第で年金支給額の減額もあると口にしている。

　１５０兆円の積立金を持つＧＰＩＦに株を買わせて株価を上げさせ、アベノミクスの成果にしようとしたのに、アメリカの金利引上げ動向、中国経済の減速、原油価格の下落、ヨーロッパの景気回復の遅れ、発展途上国の経済不安と経済環境の悪化が続き、株価は上がるどころか、下がり続けている。 ハイリスク・ハイリターンが、今やハイリスク・マイナスリターンになってしまった。株で約５兆円もの穴を開けるなら、医療費で７５００億円削減しなくてもいいはずだ。

　だが、政府とＧＰＩＦは年金積立金の減少を隠すのに必死だ。ＧＰＩＦは毎年、６月下旬から７月上旬までに１年間の運用成績を公表することになっていたが、損失が見込まれる１５年度の運用成績の公表は７月末までに行うと延期した。

　７月２５日に参議院が任期満了になり選挙が行われることから、「年金運用で５兆円の大穴があいたと発表したのでは選挙に影響する」との思惑と見られている。　明確に言葉を発する安倍首相らしくない姑息な行動というしかない。