社長3代の巨額会計不正の果てに 虎の子事業を手放す体たらく
東芝の2016年3月期決算は7100億円の最終赤字になった。言うまでもなく、社長3代にわたって続けてきた巨額不正会計の結果である。上場企業の平均的な株主資本は30%ほどだが、東芝は2・6%に落ち込んだ。不正会計発覚後、社長に復帰した室町正志氏は債務超過を回避し、株主資本を10%に戻す再建案として、白物家電事業を中国の家電大手の美的集団に、虎の子の医療機器部門である東芝メディカルシステムズをキャノンに、それぞれ売却することにした。室町氏は「半導体事業、原発とエネルギー関連事業、防災・水処理などのインフラ事業を3本柱にし、来年3月期は黒字にし、19年3月期には売り上げ5兆5000億円、営業利益2700億円を目指す」と中期経営計画を発表した。
しかし、最も成長が見込める医療機器部門を売却して、果たして本当に成長を期待できるのだろうか。 東芝の不正会計事件は西田厚聡氏、佐々木則夫氏、田中久雄氏と3代にわたる社長時代、トップ自らハッパをかけて各事業部門の売り上げ、利益を水増ししていたという内容だ。中でも、世間を仰天させたのが、西田氏と田中氏の出身部門であるパソコン事業部で行われていた「バイセル取引(BS取引)」だ。手法は製造委託先に売る部品をかさ上げした価格で売り、完成品をその分高く買い取る取引。普通なら高く買い取った製品は売れないはずだが、委託先に部品を多く押し込むことで売り上げをより多く水増ししていた。
もともと、いかがわしい詐欺師のような企業ならいざ知らず、日本を代表する東芝で、それもノート型パソコンを最初に開発し、米海軍が大量採用した輝かしい功績を持つパソコン事業部で行われていたのだ。
企業統治・法令順守の欠如は伝統の域
もっとも、同社はたびたび、忘れた頃に問題を起こしてきている。古くは、子会社の東芝機械のココム(対共産圏輸出規制)違反事件だ。東芝のトップは『子会社が起こした事件だ』とのんびりしていたが、海の彼方のアメリカで大問題になり日本叩きに発展。当時の佐波正一会長と渡里杉一郎社長が謝罪、引責辞任する羽目に陥った。 次には、ノートパソコンのフロッピーディスク制御装置の不具合に対する集団訴訟事件が起こっている。同時に複数の操作をするとデータが壊れ、消失する不具合で、これもアメリカで問題になり、集団訴訟に発展。トップは辞任せずに済ませたが、1000億円を超える和解金を支払っている。伝統的にコーポレートガバナンス(企業統治)もコンプライアンス(法令順守)も欠如しているのではないか、という気さえする。 ところが、東芝は企業内の不正をなくすために、アメリカで発祥し、日本でもスタートした「公認不正検査士(CFE)」に最も熱心で、いち早く社外役員制の導入、CFE制度を導入した。それだけCFE制度の理解者、優等生と目されてきたのだから笑うしかない。
日本公認不正検査士協会理事長の濱田眞樹人・立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授は「トップがコーポレートガバナンスを無視し、自ら過大売り上げを上げろと命じると社員はそうするしかなくなってしまう。完全なコーポレートガバナンスの欠如」と語っている。多少同情の余地があるとすれば、西田氏と佐々木氏の不仲がある。 会長が財界活動や業界活動に忙しければ、社長は社業に専念できる。東芝は過去、新日本製鉄(現・新日本製鉄住金)、東京電力とともに、経団連会長を送り込んできた名門企業だが、西田氏は経団連会長になれなかった。
経団連の会長人事はキヤノンの御手洗冨士夫会長の後任に西田氏の名前も上がったが、先輩の岡村正元会長が日本商工会議所の会頭を務めていたため「財界団体二つのトップを東芝が独占すべきでない」と候補から外されてしまった。結果、西田氏は東芝社内の人事、経営に首を突っ込み、後任の佐々木氏と衝突する。佐々木氏は西田氏に対抗して業績増を見せ掛けるために、西田氏の売り上げ水増しをもっと増やすことになり、さらにその次の田中氏も業績を下げないために水増しを続ける……。 ついには抜き差しならないところまで突き進んでしまったということだ。
ともかく、水増し不正の穴を埋めるために使われたのが、事業の売却である。家電部門である東芝ライフスタイルを537億円で中国の美的集団へ売却し、医療機器部門の東芝メディカルシステムズを6655億円でキヤノンへ売却した。東芝ライフスタイルは日本で最初に白熱電灯や電気洗濯機をつくった歴史を持つが、近頃はOEM(相手先ブランド製造)生産が多く、赤字続き。国内で買収したいメーカーは皆無だった。 「東芝はいち早く技術を中国メーカーに提供して、白物家電製品を作らせた。モーターと共に重電の基礎であるコンプレッサーまでOEM生産させていたのだから、日本の電機メーカーは東芝の家電事業には魅力を感じないだろう」(ある家電業界通)という。
東芝本体の犠牲になった東芝メディカル
魅力があるのは東芝メディカルの方だ。MRIやCT、超音波検査装置など大型の医療機器を作っている。高度な技術が必要な医療機器で、海外のライバルは米GEや独シーメンス、オランダのフィリップスくらいだ。東芝はその4番手だが、一時期、3位になったこともあるし、CTではGEに次ぐ2位のメーカーだ。しかも、MRIやCTは今、東南アジアや中東産油国が購入したがっている。これから大いに伸びる分野だ。 東芝製MRIやCTを海外に売り込んでいる三井物産のメディカル部門担当者も「東芝は同じ三井グループだから力を入れていたのに、何で手放すのか」と不満顔である。東芝メディカルを欲しがったのはキヤノン、富士フイルム、ファンドと組んだミノルタの3グループだった。
富士フイルムもミノルタも医療機器に参入しているメーカーだが、キヤノンの医療機器は眼底カメラや遺伝子検査装置がある程度にすぎない。デジタルカメラやプリンター、半導体製造に欠かせないステッパーなどは、今後それほど伸びない。キヤノンにとって、世界で50兆円といわれる医療機器市場に進出できるのは願ってもないはずだ。 その上、キヤノンの御手洗会長は東芝の歴代トップとは親しい間柄である。「当初、4000億円程度と目された買収価格をキヤノンが7000億円規模に吊り上げた」(経済記者)と言われても欲しかったのだろう。
東芝メディカルの医療機器の中心は何といってもCTとMRIである。特にCTが強みだ。自慢の「アクイリオン・ワン」は検出器が320列もあり、一回転で16㌢幅ずつ撮影できるため撮影時間が短縮される。鼓動のある心臓や動き回る子供の撮影も容易で、国内で50 %のシェアを持っている。 しかも、東芝メディカルは社内で「メディカルは独立国」などと呼ばれているように、東芝本体と人的交流は少なく、医療機器だけを手掛けている部門。売却側、買収側双方に都合がいい。格付け機関のムーディーズが東芝メディカルを買収したキヤノンの社債格付けを「引き下げの方向」と発表したが、それは6600億円という巨額買収金額の負担増を懸念したもので、買収が不利という心配ではない。 むしろ、海外で知名度の高いキヤノン傘下の方が売り込みやすいかもしれない。
それにしても、東芝メディカルは東芝本体の犠牲になったといえなくもない。室町氏は「主力事業に据えた原発を中心としたエネルギー、社会インフラ、半導体の3分野全てで黒字化を図り、永続的に成長できる企業に再建する」と語った。だが、うまくいくだろうか。巨額の資金を投じた米ウェスチングハウス(WH)買収で加圧水型原子炉を世界に売り込む予定だったが、東京電力福島第一原子力発電所事故後、世界で原発の見直しが始まっている。インドなどで受注に成功してはいるが、必ずしも将来が明るいわけではなくなっている。
夢さえなくなった東芝の事業展望
半導体はスマートフォンの記憶媒体に使うフラッシュメモリが中心だ。16年度からの3年間に東芝メディカル売却で得た資金を含めて8600億円を投下して次世代メモリーに力を入れるという。だが、半導体は価格が乱高下する世界だ。市況の波に乗れば利益は大きいが、市況が悪化すればマイナスのリスクが付きまとう。 もう一つの柱に据える社会インフラはエレベーターや空調などで、東芝は「今までも着実に利益を上げてきた」と強調する。だが、日立製作所がインフラ事業として列車や交通システムで成功を収めたような花形にはなりそうもない。
単に手堅い事業というだけだ。やはり、売却したメディカル事業の方が、将来性がある。世界で需要が拡大しているし、MRIやCT、超音波診断装置などは高度な技術が必要で、そうそう簡単に新規参入できる事業ではない。GM、シーメンス、フィリップスに東芝の4社が中心であり、日立メディカルや島津製作所が続く、という構図だけに、東芝が世界トップに成長する可能性も大いにあったのだ。
いかに選択と集中が必要だとはいえ、メディカル部門を手放したことで東芝の将来性は疑われる。室町氏は債務超過に陥ることを防ぐために売却せざるを得なかったと言い訳するが、不正会計による損失は一過性のものである。株式市場で「特設注意市場銘柄」に指定されていることを、名門意識が許さなかったのかもしれない。しかし、企業の価値には夢も含まれる。東芝メディカルという、世界で活躍できる医療機器を売却した東芝の事業には、夢さえなくなったと評価されるだろう。
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