第90回 南淵明宏(昭和大学教授)
長らく民間病院で心臓外科医をやってきた。
「どうやったら患者さんがいっぱい来てくれるだろう?」
毎日腕組みしてずうっと20年考えてきた。
実績の開示、技術の錬磨、即応、手術の結果、サービス向上、アメニティーの改善、グッズの提供、いろいろなコンテンツを思い付いたが、どれもが効果があるようで、しかしこれといって決定的なものはなかった。あれば誰も苦労はしない。今も苦労している。
先日、NHKを見ていると、マンガ家の仕事ぶりを詳しく紹介する番組があった。バカ売れマンガの秘訣が話題になったところで、「テラ・フォーマーズ」が取り上げられた。原作者が出てきて、こんなふうなことを言った。
「読者って奇抜なキャラやストーリーにはまって読んでくれるんじゃなくて、いい奴に出会いたくて読んでくれるんですよね」
この言葉に痛罵された。
人は「いい奴に会うため」にマンガを読む。全くその通りだ。小説を読むのもそうだ。映画を見るのもそうだ。
いや、それだけではない。外に出掛けるのもそうだ。物を買うときもそうだ。旅行に行くのもそうだ。新人職員を受け入れ、新患患者を待ち受けるのもそうだ。いい人との出会いに期待を込めて、我々はいつも行動しているのではないだろうか。
日常もそうだ。いい人に毎朝あいさつし、いい人に囲まれて仕事をして、充実感を共有する。そんな自分がいるのだから、患者もそうに違いない。いい人に会うために病院にやって来る。だから当然、医療者はいい人でなければならない。高い技術と信頼は「いい人」の属性にすぎない。
病院嫌いの人は過去に病院でいい人に会えなかった人だ。
「自分を不安から救い出してくれる人が病院にはいるに違いない!」
そう思って電話を掛けたら、
「細かな治療上のことはお答えできません。紹介状を持って受診してください」
「お金はいくらぐらいかかるんですか」と尋ねると、
「さあ? でも、そんなことを聞かれたのは初めてです」
世間知らずな職員ばかりだ。
挙げ句の果てに、
「その症状は心の病ですから、心療内科医に行ったらどうですか」
受診すると医者から、
「これだけ説明しても分からないのなら、もう来るな」
横柄で、人格を否定するような悪態をつかれ、挙げ句にはバカ呼ばわりされる。
「病院なんか絶対に行くものか!」
そういう人は案外多いと思う。
私自身もそうやって患者のプライドを傷付けていることは多いと思う。
「何せ私は素人ですから」と無礼にへりくだる患者は多いのだが、こういうせりふを医者の前で吐く人の半分は、「そりゃ私は医者ではないから医学のことは詳しくは分かりませんが、決してバカではないつもりなので、そんなに上から目線でいわないでください」と、心の中で思っているに違いない。
私もプライドはしっかり高く、患者に共感できないごくごく普通の医者だ。これからは「いい人になること」を心掛けたい。
LEAVE A REPLY