ランバクシー問題から抜け出せたものの、 前途に立ちはだかる不安材料
第一三共は今年5月に合併10周年を迎えた。10周年に合わせたわけでもあるまいが、インドの製薬会社、サン・ファーマの株式2億1497万株を3784億円で売却した。7年前の2008年、第一三共は日本の製薬メーカーが欧米のベンチャーを買収するのを尻目に、インドの大手ジェネリックメーカー、ランバクシー・ラボラトリーズを買収し世間を驚かせた。だが、ランバクシーは買収直後から不祥事が連発。アメリカへの輸出が停止されて経営悪化し、第一三共の足を引っ張ってきた。「第一三共といえば、ランバクシー問題」などと言われる始末だった。しかし、今年3月、ランバクシーをインドのサン・ファーマに吸収合併させ、第一三共はサン・ファーマ株を取得。そのサン・ファーマ株を売却し、ようやく足を引っ張ってきたインド事業からの撤退が完了した。第一三共はランバクシーの泥沼から脱け出したことで、中期目標に掲げてきた「グローバル医薬品メーカー」になれるのだろうか。
10年前、製薬業界の一部でひそかに「1と3、あるいは、1と3と5」という話がささやかれていた。1と3とは旧第一製薬と旧三共の合併で、5とは5つのマルの家紋をマークにする旧田辺製薬(現田辺三菱製薬)が加わる合併構想だった。結局、第一と三共の合併になったが、当時は欧米で大型合併が吹き荒れてメガファーマが誕生。日本の製薬メーカーも合併しなければ生き残れないだろうといわれていた時代だけに第一三共の誕生は世間から歓迎され、「日の丸ファーマ」になるだろうと期待された。
ところが、合併後に製薬業界を驚かせたのが、インドのジェネリックメーカー大手のランバクシー買収だった。各製薬メーカーが欧米の創薬ベンチャーの買収先を探していたときに、市場価格に31%ものプレミアムを付け、大枚47億㌦(約5000億円)を叩いてインドの大手ジェネリックメーカーを買収したからだ。「第一三共はランバクシーのジェネリックを日本で売るつもりなのか」と製薬業界で不審視された。しかし、第一三共は「日本では売らない。ランバクシーは世界を相手にビジネスする」と豪語。事実、第一三共は、OTC医薬品(一般用医薬品)は第一三共ヘルスケア、ジェネリックは第一三共エスファを設立し、国内販売を手掛けた。
買わされたのは「穴の開いたバケツ」 ところが、ランバクシーは08年6月の買収早々から第一三共のお荷物になった。3カ月後の9月、米食品医薬品局(FDA)から同社のパオンタ・サヒブ工場とデワス工場が品質管理に問題があると指摘され、2工場からは米国への輸出禁止を課された。加えて、米司法省が試験データ改ざんの疑いで捜査に乗り出す。買収前の「デューデリジェンス不足」と指摘されたが、そんな批判はまだ良い方だ。「インド商人にだまされて穴の空いたバケツを買わされたようなものだ」と酷評された。それでも第一三共は幹部を派遣し、日本式品質管理を持ち込み、FDAと話し合い、2工場の品質管理体制を再構築する一方、米司法省とは5億㌦の罰金を払うことで和解。ところが、13年には最新鋭の設備を持つといわれたモハリ工場がFDAの査察で異物混入の見過ごしを指摘され、この工場も禁輸措置を受けた。
さらに、翌14年1月には原薬を供給するトアンサ工場がFDAから米国への禁輸命令を受ける。FDAの査察官のレポートには「窓が閉まらずハエが部屋いっぱいに飛び交い、試験用サンプルにはハエがたかっていた」と書かれていた。むろん、禁輸措置である。まさに穴の空いたバケツだ。5000億円で買収し、禁輸措置の結果、赤字になった穴埋めに資金を投入し、管理者を送り込み、「クオリティ・アンド・ペイシェント・ファースト」をうたい、再構築を進めてきた第一三共もサジを投げ出した。
足かせ解消しても武田に及ばない決算
第一三共は表向き「ランバクシーの再建」を掲げながら、処分方法を探ってきた。それが同じインドの製薬大手、サン・ファーマによる吸収合併だった。合併はランバクシー株とサン・ファーマ株の交換で、第一三共はサン・ファーマ株9%を取得。その株式を市場で売却し、3784億円を手にしたが、それでも462億円の売却損だ。
ともかく、7年間も足を引っ張り続けたランバクシー問題が解消したことで、長いこと1700円前後をウロウロしていた株価は2000円台に上昇した。しかし、現実には、業績が急上昇するわけではない。今期の売上は国内で新薬が好調だったことで前年より190億円増の9193億円を確保したが、円安効果があったにもかかわらず、1兆円に届かない。営業利益は逆に当初の見込みから260億円減の744億円にとどまった。今期の決算数字は非継続事業となったランバクシー抜きであるのに、いまだに武田薬品に及ばない状態だ。
もちろん、14年は医薬品市場がかつてないほどの厳しい環境に置かれたこともある。理由はまず昨年の消費増税前の買いだめで、4月以降の売上が伸びなかったことが挙げられる。しかし、消費増税は新薬メーカーだけでなく、ジェネリック(後発品)メーカーも、他の産業も影響を受けているのだから製薬メーカーだけが被った理由にはならない。
最も大きかったのは薬価改定と長期収載品の壊滅である。国内70社の新薬メーカーのほとんどが長期収載品(特許が切れ、後発品がある医薬品)の収益で支えられていた。だが、厚生労働省は医療費抑制のためジェネリック使用を促進させたし、病院はDPC(包括医療費支払い制度)対象病院を筆頭に利益を上げるためにジェネリックを多用した。こうした環境から長期収載品はジェネリックに市場を奪われ、長期収載品を多く抱える新薬メーカーほど苦しい環境に置かれた。
こうした厳しい環境の中で、第一三共は長期収載品に頼る率が最も少ない新薬メーカーだ。降圧剤「オルメテック」(一般名「オルメサルタン」、米商品名「ベニカー」)や抗潰瘍剤「ネキシウム」といった特許期間中の新薬の売上が多く、長期収載品が占める比率は2割ほどで、大手の中で最も少ない。販売管理費が唯一高いといわれていた。しかし、それも昨年秋に中山譲治社長が「が付いている」と言い、513人のリストラを行った。では、ランバクシーという泥沼から脱し、リストラも断行した第一三共は業績を上向かせることができるかといえば、前途には不安材料が立ちはだかっている。
最大の不安材料はポスト・オルメテックだ。オルメテックは海外では第一三共を代表する医薬品だ。しかし、16年10月に米国で特許が切れる。日本と欧州では17年に特許満了となる。中山社長は2年以上前からポスト・オルメテック対策を講じてきた。その柱が抗血小板剤「エフィエント」(一般名「プラスグレル」)の適応拡大と、抗凝固剤「リクシアナ」(一般名「エドキサバン」、米商品名「サベイサ」)だ。リクシアナは期待を担い、欧米での自社単独販売を決断した力の入れようだった。
ポスト「オルメテック」対策は不発
ところが、エフィエントの急性冠症候群への適用拡大の治験で優位性を示せなかった。仏サノフィと米ブリストルマイヤーズスクイブの抗血小板剤「プラビックス」を追い抜くというもくろみは不発に終った。それどころか、プラビックスは特許切れを迎え、後発品が登場。とてもオルメテックを補完するグローバル医薬品になりそうもない。
もう一つの期待の大きいリクシアナは今年1月にFDAから承認を得たが、「腎機能が正常な患者には使用不可」という処方制限を付けられてしまった。欧州医薬品庁(EMA)の医薬品委員会が承認勧告したことから欧州での販売は期待できるが、最大の市場である米国で処方制限が付けられたことで、当初の期待が縮みそうだ。しかも、第一三共は米国子会社が医師に対して不正なリベートを払っていたという嫌疑で司法省が捜査していたが、米第一三共は司法省と3900万㌦の罰金で和解した直後である。先行する抗凝固剤を押しのけて派手に売り込むことは難しい。結果、依然としてポスト・オルメテックの不安が続く。
国内でも不安がある。オルメテックもリクシアナも糖尿病治療剤「テネリア」も好調だが、競合品が多い。テネリアに至っては同じDPP4阻害剤が九つもある。中でも不安材料の代表例が新型インフルエンザワクチンだ。日本のワクチンが鶏卵による培養から半年で大量につくる細胞培養法に移行することになり、第一三共は北里研究所と提携、「北里第一三共ワクチン」を設立して応募。4000万人分を製造するワクチンメーカーに選定され、製造設備への交付金299億円を受けた。しかし、生産効率が予定の半分にとどまり、2000万人分しかつくれないことが判明。事業継続は認められたが、4000万人分の供給体制が整う16年6月まで遅延損害金を課された。
第一三共はランバクシー買収を進めた庄田隆代表取締役会長が相談役に退く。合併後10年間のうち、7年をランバクシーという泥沼に足を取られてきた。ランバクシー買収問題をウヤムヤにせず、責任の所在をハッキリさせなければ、オルメテック特許切れも乗り越えられないだろう。
LEAVE A REPLY