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未来の会

第58回 世界標準から外れた道をこぎ出す京大「CiRA」

第58回 世界標準から外れた道をこぎ出す京大「CiRA」
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
世界標準から外れた道をこぎ出す京大「CiRA」

 「CASE‐J」事件の調査結果発表から2カ月もたたない時期。どこまで「意図」が込められていたのか。それは定かではない。

武田と手を組んだ京大「CiRA」
 〈2001年以降、武田薬品から奨学寄附金を受領し、これを CASE‐J試験のために使用した行為は、当時において問題とされるべき事柄ではなかった〉

 〈武田薬品又は日本高血圧学会からの寄附金の使途は、特段問題があるものは認められなかった〉

 〈これらの者(※編集部註・京都大学関係者)が得た報酬自体については、いずれも社会的相当性を逸脱するものではなく、また、各個人報酬取得者の責めに帰すべき京都大学の制度乃至運用に対する違反行為は存しないと判断した〉

 〈患者説明文書作成にあたっては、プロトコル作成委員である大学研究者が中心的役割を果たしており、武田薬品の関与は、あったとしてもごく一部であり、また、その内容についても、改善の余地がある 記述がない訳ではないが、全体を通して読めば不当な予断を与えるとまではいえないものであり、結論としては当時のものとして問題とすべき状況ではなかったと判断した〉

 引用するだけで気が重くなる。京都大の〈学外に本務を有する有識者を含む委員で構成する委員会〉はC ASE‐J事件の当事者を「シロ」と断じた。

 そして、4月17日。武田薬品工業は心不全や糖尿病、神経疾患などにおけるiPS細胞技術の臨床応用に向けた共同研究の契約を京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と結んだ。

 「T‐CiRA(Takeda‐CiRA Joint Program for iPS Cell Applications)」と称するこの提携。果たして、どこまで成果を上げることができるのか。

 武田の狙いはCiRAとの連携で研究開発の効率を上げることにある。iPS細胞の発見者であり、ノーベル賞も受賞した山中伸弥・CiRA所長が研究全体の指揮を執る。武田は10年間で200億円の研究費用を提供。研究の運営に対して「助言」を行うという。「湘南研究所」(神奈川県藤沢・鎌倉両市)内の研究設備を提供する。これは体のいい場所貸し業、スポンサー業ではないのか。国内製薬業界を牽引する企業としてのはない。

 山中氏はかつてこんなことを口にしている。「日本という国が研究支援してくださってありがたい」──これ自体はいたって謙虚な発言と受け取れる。武田の研究支援自体も「ありがたい」のか。

 だが、今回の連携にはどこか既視感がつきまとう。メジャーメディアの体制翼賛報道もその感を一層引き立てているかのようだ。

 iPS細胞技術自体は素晴らしいものだ。今さらいうまでもない。革新的な医療技術である。だが、一方ではこんな声がささやかれてもいる。

確度が高まった「大鑑巨砲主義」の再来
 「iPSはあくまでも優秀なシーズの一つにすぎません。それ以上でも以下でもない。新薬のネタは他にも数え切れないほどある。仮にここで成功を収めたとしても、日米間の研究開発や医療市場の位置付けが一変することなど、まず考えられません」(厚生労働省キャリアOB)

 むしろ、iPSをめぐる情勢には急速に暗雲が垂れ込め始めている。iPS研究を取り巻く支援組織や仕組みは重厚さを増し続けている。武田との連携はその最たるものだろう。ここである懸念が頭をもたげてきている。日本のお家芸・大鑑巨砲主義の再来である。武田の登場でいよいよ確度は高まった。

 「医薬品研究開発において成功の鍵はシーズやターゲットの質だけではありません。それをいつ、誰が、どのように開発するかも同じくらい重要といえます」(国立大学薬学部研究者)

 この場合の「どのように」は研究の場所(国や地域)、開発の経路などを含んでいる。本誌が再三指摘しているように、研究開発の最前線はグローバル資本主義そのものに支配されている。こうした社会で勝利を収めるのは、国や地域、経路に固執しない者だけだ。国籍や所属企業、ましてや学閥のような壁をあっさり突破し、好きなときに好きな相手と好きな場で好きなように研究開発できる。そんな個人やチームだけが賞賛を集めることができる。

 T‐CiRAはこの流れに逆行するものだ。武田がひも付きの資金を提供し、場所まで用意する。これだけでも相当なといっていい。さらには「10年」というタイムスパン、武田という「国産企業」の体質を考えれば、見通しはなお暗い。

 「日本人研究者が日本企業と組み、日本の制度や仕組みに従って研究開発を行う。日本で臨床開発を先行、国内の病院で治験。さらには東京五輪よろしく国威発揚にもつながり、税収増も見込める──そんなバラ色のストーリーを思い描いているのでしょうか」(海外の研究開発事情に詳しい研究者)

 率直にいって、T‐CiRA型のプロジェクトは人種や国境と関係なく市場を求めて動き回っているプレーヤーとの競争を不利にしていく。

 折しもこの4月、日本医療研究開発機構( AMED)が発足。理事長には前慶応大医学部長・末松誠、理事には元厚労審議官・大谷泰夫が就任している。一部メディアは「世界トップの治療技術を目指す」と大はしゃぎだが、どこまで信用していいのか。

 「AMEDの売りは予算集約の機能。文部科学省、厚労省、経済産業省がばらばらに出してきた研究予算計1400億円を政府が決めた九つの重点分野に配分する。縦割り排除をうたっています。だが、現場で起きているのは旧弊に従った利権の分捕り合戦。経済企画庁や環境庁が発足した当時を彷彿とさせる光景です」(前出の厚労OB)

 またも、いつか来た道である。

 「末松はAMEDが『目利き』の役割を果たし、有望なシーズを見出すとうそぶいています。そんな人材がどこにいるのか。そもそも、現在の研究開発で目利きが可能なのか」(前出研究者)

 これまでも大鑑巨砲主義をぶち上げ、「イノベーション」や「ビジョン」「計画」の名の下、この国は国際的な威信を順調に低下させてきた。また新たな意匠が葬列に加わろうとしている。

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