「くすりの福太郎」薬歴未記載事件が ケチのつき始めの予兆
「薬のカルテ17万件未記載」という記事が朝日新聞の1面トップで報じられた。不祥事を起こしたのは大手ドラッグストア、ツルハホールディングス(本社・北海道札幌市)傘下のドラッグストア、くすりの福太郎(本社・千葉県鎌ヶ谷市)の調剤薬局。薬のカルテとは薬剤服用歴(薬歴)で、患者から聞き取ったアレルギー、過去の副作用経験、服薬中の体調、併用している処方薬などをメモし、さらにパソコンにインプットするものだ。
パソコンに入力することで、患者の状況を把握し、患者が複数の診療科にまたがって、あるいは、別のクリニックも受診しているときに出された処方薬の併用で肝機能障害を起こすようなリスクが想定されたとき、医師に連絡し、処方薬の変更をしてもらうなど、薬剤師の存在価値を示すものだ。
この作業に対して調剤薬局は41点の調剤報酬をもらえる。くすりの福太郎ではメモは取ったが、17万件のメモを山積みにしたままでパソコンに入力しなかったというのである。メモがあるから問題ないとはいえない。そもそも薬歴記入をなおざりにして調剤報酬の点数を得ていたのは「金もうけ主義」であり、「詐欺」といっても過言ではない。
未記載件数を説明できない福太郎社長
この不祥事の発覚に親会社のツルハホールディングスとくすりの福太郎は、それぞれ本社で記者会見を開いたが、くすりの福太郎の小川久哉社長は薬歴未記載が何件あるか、メモがどのくらい山積みになっているかなどの質問に説明ができなかった。新聞各紙に「利益優先」と報道されたのも当然だ。
だが、それも同社の来歴を見れば、一目瞭然だ。くすりの福太郎は小川社長が1957年に鎌ヶ谷市で始めた「福化粧品」という化粧品店から始まる。小川社長はドラッグストアが勃興していることから一般用医薬品(OTC薬)販売に手を広げ、さらに、医薬分業が進んだ80年代に調剤に進出したドラッグストアだ。マスコミに「利益優先、薬歴後回し」と書かれたが、実際に利益優先で事業を大きくしてきた会社である。
実は、ドラッグストアの経営者には調剤室で調剤をしてきたという経営者はごく少ない。薬剤師の資格を持ってはいるが、家業の薬局をいち早く日用品にまで手を広げ、多店舗化していった人たちや、製薬会社のMR(医薬情報担当者)や卸会社のMS(医薬品卸販売担当者)が医療機関、調剤薬局を回っているうちに、自分でドラッグストアや調剤薬局を開いた方がもうかると転身した人が多いのだ。当然、目端が利くし、利益至上主義に走り勝ちである。小川社長もそういう一人である。
2006年にツルハHDの傘下に入ったのも、たまたまの事情である。鎌ヶ谷市の隣の松戸市には「マツキヨブーム」をつくり上げたドラッグストア最大手、マツモトキヨシがあり、千葉県内、東京都内に網の目のように店舗網を持つし、「調剤ポイントサービス」を最初に始めたウエルシア薬局(本社・東京都千代田区)もマツキヨに対抗して千葉県内にドラッグストアを多数展開する。大手に挟まれたくすりの福太郎は単独では生き残りにくいことからツルハHDの傘下に入ったとされる。
当然、オーナーの小川社長や側近は「薬剤師としての使命」に欠けていたようだ。慢性的な薬剤師不足だったという事情もあるが、ある社員は「社長は『患者に一声掛けて調剤報酬の点数を取れ』というし、店長からは『メモをパソコンに入力するのは後回しにして調剤しろ』とも指示される。まるで化粧品を売る要領でした」と言う。
拡大路線を突っ走る経営陣
くすりの福太郎を傘下にしたツルハHDはもともと北海道旭川市の薬局で、現在の鶴羽樹会長は3代目。父親がやり手の商売人だった。旭川の薬局に納まらず札幌に進出。さらに東北、関東と店舗を拡大し、大手ドラッグストアに成長させた。創業者の長男が後を継いだが、薬学部出身の真面目な人だったという。長男に代わって弟の樹氏が3代目になり、堀川政司社長とともに拡大主義を突っ走っている。
東証の店頭市場(現ジャスダック)に登録後の2000年に岩手県のドラッグトマトを買収したのを手始めに、神奈川県のリバースを子会社化、山形県のポテトカンパニーを買収。くすりの福太郎に続いて、ウィング、スパーク、ウェルネス湖北(島根県)、ウエダ薬局(和歌山県)、さくらドラッグ等々、各地のドラッグストアを買収。また、くすりの寺田から5店舗を買収し、エバラドラッグからも5店舗、三光グループから8店舗、信陽堂薬局からは11店舗と、店舗の買収攻勢を続け、今では国内1342店舗、海外(タイ)に23店舗を展開するに至った。
イオンが13%の株式を保有し、イオンが主宰する「ハピネス」に加わっているが、ツルハHDの堀川社長は「買収のチャンスがあればハピネス仲間のドラッグストアであっても買収する」と豪語する。
ドラッグストア業界が唯一感心しているのは、買収後も即座に吸収合併せず、子会社のまま経営させている点。リバースがその好例で、ツルハHDが今年吸収したが、買収後、15年もかけている。07年に買収したくすりの福太郎も創業者の小川社長がそのまま経営を続けている。「ウエルシアHDは買収した会社の店名も『ウエルシア』に替えてしまうし、マツキヨも買収後、経営が落ち込むと社長を代えるのと対照的だ」と評価する業界通もいる。
くすりの福太郎の薬歴未記載事件はツルハHDにはチャンスだろう。辞任を示唆している小川社長をスムーズに辞任させることができるし、くすりの福太郎の看板もツルハに替えた方が患者や消費者に生まれ変わったと印象付けられるからだ。
ツルハHDの業績は悪くない。東日本大震災で宮城県仙台市の店舗が被害を受けたが、それもすぐに復旧。昨年末に発表した15年5月期の中間決算での売り上げは2179億円で前年同期比18%増であり、営業利益は134億円で前年同期比12%増と好調だ。もちろん、目標としていた「売り上げ2200億円、営業利益150億円」には少々足りなかった。だが、昨年4月の消費増税でドラッグストア業界は売り上げ減少に見舞われた。特に食品、健康食品の落ち込みが大きく、今も回復していないのが実情だ。食品の売り上げが高い同社も売り上げ減少の影響を受けたが、目標とのは極めて少ない。「ドラッグストアの中で最も利益を上げている」という声さえある。中でもくすりの福太郎を中心にした調剤薬局306店舗の売り上げは消費増税に関係なく増収。中間決算で214億円を記録し、売り上げ増に貢献している。これも利益至上主義を貫いた薬歴未記載の〝成果〟といえるかもしれない。
同社は「2019年に2万店舗、売り上げ7000億円」を目標に掲げている。ドラッグストア業界はM&A(企業の買収・合併)が続いているが、その中でも同社は積極的な拡大を繰り広げているだけに、薬歴未記載問題を起こしやすいと、社内のある薬剤師は指摘する。
都市型店舗の展開ノウハウが不足
同社にも弱点がある。実は、薬歴未記載事件が報道される直前に、ローソンとの業務提携を発表した。内容はツルハHDが別会社を設立しローソンと共同でOTC薬を扱うコンビニ併設店を始めるというもので、「ローソンツルハドラッグ」1号店を今年2月に仙台市内に開店。ツルハの堀川社長は「ツルハの店舗は郊外のロードサイドが多く、都市型の店舗がほとんどないため、ローソンのノウハウを取り入れて都市型店舗を展開したい」と説明。将来は共同店舗を100店舗に拡大する意向だという。
ツルハHDの店舗はほとんどが郊外型店舗だ。唯一の都市型店舗がくすりの福太郎なのだから、薬歴未記載事件は皮肉とでもいうしかない。高齢化社会が進み、小売店の商圏は半径500㍍くらいになっている。ツルハHDの弱点はこの狭小商圏に対応する都市部店舗が少ないことで、それを自覚したものだが、ローソンとの共同店舗はうまくいくだろうか。
コンビニとドラッグストアとの共同店舗は幾つか試みられた。最初はマツキヨとナチュラルローソンとの共同店舗で、セイジョーも交渉した。河内屋も提携しているし、大手調剤薬局チェーンのクオールもローソンと提携し店舗数を増やしている。だが、あるドラッグストアのトップは「実態はうまくいっていない」と言う。「食品の流通を学びたいが、コンビニはフランチャイズ制のためドラッグストアに対しフランチャイジーの店になるよう要求する。話題になったマツキヨとローソンの提携も最初の2店舗で中断している。結局、提携とは名ばかりで、コンビニの店舗網づくりに協力するだけにすぎない。クオールのような調剤専門薬局でもなければコンビニとの共同店舗は成功しそうもない」。
そもそも正価販売のコンビニとディスカウントのドラッグストアでは商法が違う。ツルハHDが別会社で行うのもフランチャイジーになるのを求められるためだが、単に薬を扱うコンビニを出店するだけでは、これまでのような成長は期待できそうもない。くすりの福太郎の薬歴未記載事件がツルハのケチのつき始めになるかもしれない。
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