往年の人気ブランド「仁丹」が神通力を失い 今や景気に左右される業績
年配の人なら誰でも銀粒の「仁丹」を知っている。餃子を食べた後やデートの前に口臭を消すために仁丹をなめ、勉強中の眠気覚ましに仁丹を口に入れた人も多かろう。「大礼服」という、ナポレオンの帽子のようなものをかぶり、ひげを生やした軍人みたいな胸像の商標もおなじみだ。
社名は「森下仁丹」。1893年(明治26年)、大阪に薬種商「森下南陽堂」を創業したのが始まりで、今年で122年。仁丹が発売されたのは日露戦争の最中。当初は赤色だったそうで、赤大粒懐中薬「仁丹」の名称で発売してから110年、銀粒仁丹になってからでも86年になる老舗だ。
創業日と仁丹発売日の2月11日を勝手に「仁丹の日」と定め、日本記念日協会に申請して承認されている。2月11日は建国記念の日だが、同協会には「わんこそば記念日」「おかあちゃん同盟の日」と並んで登録されている。「仁丹ってまだあったのか」なんて失礼なことを言ってはいけない。梅味だのレモン風味だのといったバラエティーに富んだ仁丹を販売している。それどころか、同社は銀粒仁丹を製造販売する傍ら、1921年に子会社の「赤線検温器」で日本最初の体温計「仁丹体温計」を製造、販売した会社だ。この子会社が後に独立し、体温計から人工心臓まで作る日本有数の医療機器メーカー「テルモ」に育っている。
良くも悪くも大きな「仁丹」の存在
長い歴史と抜群の知名度を持つ親会社の森下仁丹の方は、東証二部に上場しているとはいえ、小規模な製薬会社にとどまっている。売り上げは100億円に届くかどうかにすぎない。ベンチャー企業よりましという程度なのだ。「仁丹に頼り過ぎた」「仁丹のイメージが強過ぎた」という声もあるが、どちらも正しいのだろう。銀粒仁丹の隆盛は80年代までだった。旧カネボウ(現クラシエ)の「フリスク」など、口中清涼効果をうたうミント系の菓子類やガムなどが相次いで登場し、口中清涼食品の市場を侵食。銀粒仁丹の売り上げが減少してしまうのも当然といえば当然だった。
森下仁丹は健康食品や衛生用具など多角化を進めた。創業者の孫で自民党参議院議員も務めた二代目社長の故・森下泰はヨーロッパ視察の際、「セルフメディケーション」という言葉を知り、健康食品に取り組んだと語っていたが、その効果で同社の売り上げを2000年に147億円まで伸ばした。しかし、それがピーク。リーマンショック後の09年には75億円にまで落ち込んだ。以後、徐々に盛り返したが、昨年度に売り上げが103億円に達するまで4年もかかった。15年3月期は売り上げ110億円、営業利益4億円を予想していたが、1月末に予想を大幅下方修正。売り上げは10億円減の100億円に、経常利益は7割減の1億2000万円に下方修正した。同社は「消費増税前の駆け込み需要の反動が予想以上に大きかった」と説明しているが、仁丹にかつてのような神通力がなくなっている現状では、業績は景気に左右されやすくなった。
今、同社の事業は、ヘルスケア事業とカプセル受託事業を2本柱としている。ヘルスケア事業はめっぽう幅が広い。口腔用外用薬「デンタルピルクリーム」や口内炎治療薬「クールスロート」、生理痛改善薬「メグリモア」、イボ治療薬「イボコロリ内服錠」など漢方系中心の一般医薬品(OTC薬)と、ビフィズス菌をカプセルに包んだ「ビフィーナ」やラクトフェリン顆粒、グルコサミン&コンドロイチン顆粒、ビタミンD、さらにヒアルロン酸やコエンザイムQ10、緑茶青汁などおなじみのサプリメント56種類の他、梅仁丹、レモン仁丹があり、さらに婦人体温計、医療パッドなどの医療衛生用品と、商品は多種多様である。
製薬会社というよりサプリメント会社
医療機関向けとされているのは、わずかに帝人ファーマが販売しているEPA製剤「ソルミラン」のカプセル化を受託していることと、ビフィズス菌にオリゴ糖を配合してカプセルに包んだ「ビフィズス菌HD」が全国腎臓病協議会から取扱商品に指定されている程度にすぎない。しかも、そのほとんどの商品をネット販売しているのだから、製薬会社というより、サプリメントの会社のようなものである。売り上げも7割をヘルスケア事業が占め、カプセル受託事業は25%。残りは不動産などの収益だ。
唯一、製薬メーカーらしさをとどめているのはもう一つの柱であるカプセル受託事業だ。銀粒仁丹にこだわり続けたことで開発されたカプセル化技術で受託生産する事業である。このカプセル化こそ、同社ならではの独自性のある技術である。
仁丹はざくろエキスを中心とした成分を銀色の膜でコーティングし、口中で薄い皮膜が溶けると、独特の苦味と香りがほとばしる。この薄い皮膜で覆うカプセル化技術は同社の特許技術だ。植物の葉の上に転がる水滴は小さい球体になろうとする。この性質を界面張力と呼ぶが、界面張力の原理を使ってコーティングしたのが仁丹で、原料の液体成分と、それを覆う皮膜成分を二重になったノズルで同時に油の上に滴下することで均等の皮膜で覆われた真球のカプセルを作り出す技術を完成させた。
医薬品で使われている細長いハードカプセルの皮膜は、医薬品が粉末か微粒子状であることからゼラチンで作られている。流動体のお菓子などを包む楕円形のソフトカプセルもやはりゼラチンである。一方、仁丹カプセルの皮膜はゼラチンと寒天、でんぷん、ペクチンなどの天然ゲル化剤の混合だという。似たような原料だが、それぞれの基材が持つ性質から耐熱性、耐酸性、耐凍結性を持たせることができたという。胃酸には溶けず、腸内に達したとき内容物が溶ける腸内溶性にすることを可能にしたのだ。
カプセルの用途は健康食品、歯磨きなどの医薬部外品、医薬品、化粧品などさまざま。同社はカプセル技術を応用してビフィズス菌を腸まで届ける乳酸菌健康食品「ビフィーナ」を販売。ヘルスケア事業を牽引するヒット商品に育てた。同時にカプセル化技術をヘルスケア事業と並ぶ事業に育て、ヨーグルトや菓子メーカーから受託生産を行い、売り上げの25%強を稼ぎ出すまでに成長。
だが、仁丹のカプセル技術を応用する製薬会社は少ない。形状が小さいことがネックになっているのかもしれない。加えて、「医薬品成分は臓器の仕組みと働きに沿って、腸に行く前に胃から肝臓に送られ、そこで分解され血流によって患部に届くようになっている。あえて腸まで届けるようなカプセルは医薬品より健康食品に向いている」と語る医療関係者もいる。粉末の医薬品成分を顆粒状にするのに適している程度なのだろう。さらに、医薬品に使われているハードカプセルと差のない価格に下がらないと、普及はサプリメントで終わりかねない。
同社はカプセルの用途拡大に向け、国の補助を受けた研究を行っている。補助事業には経済産業省のレアアース回収カプセル実証事業や農林水産省の牛へのカプセル投与技術研究開発などと並んで、経産省のシロアリ駆除カプセル共同開発プロジェクトという実証研究がある。それは直径0.5㍉程度の仁丹がシロアリの卵とほぼ同じ大きさであることから、仁丹カプセルの中に殺虫剤を忍ばせ、シロアリが巣の中に持ち込んだカプセルをなめると、皮膜が溶け、染み出した殺虫剤でシロアリを退治するという研究だ。殺虫剤をむやみにまくより、効果的に駆除できると見られ、シロアリ被害が激しい小笠原諸島で実証実験中だ。
健康効果がある商品を出せるかが鍵
しかし、同社の主力事業は売り上げの7割を占めるヘルスケア事業。健康食品や自然食品、サプリメント類は高齢化社会の進展とともに健康ブームの広がりと、政府によるセルフメディケーションの推進を追い風に売り上げを伸ばしてきた。ただ、健康食品、サプリメントの世界は製薬会社だけでなく、食品メーカーや通販会社がこぞって参入している。医学雑誌に「これこれの成分が健康に効果がある」という論文が載ったら、さっそくその成分を加えたサプリメント商品がドッと登場する世界だ。
ある外資系食品メーカーのCEO(最高経営責任者)は「人々はなぜ健康食品やサプリメントを買うのか。健康になりたかったらジムに通えば良い。健康維持を安上がりにしたければ、三度の食事をきちんと取りウオーキングでもすれば良い。それでもなぜサプリメントを買うのかといえば、われわれが健康になると積極的に宣伝しているからだ」と語った。事ほど健康食品やサプリメントは宣伝で売れ行きが左右される。
医薬品は景気動向に左右されない業種だが、健康食品やサプリメントはリーマンショック直後に売れ行きが激減し、消費増税後の今年度も売り上げが落ち込んだ。だが、多種類の健康食品の中で、「ビフィーナ」は他社の宣伝攻勢をはねのけて売り上げを伸ばした。売り上げは単に種類の多さではなく、独自技術による健康効果を期待できる商品に仕立てられたかどうかにかかっている。さもなければ、盛んに広告を出している並のサプリメント会社の中に埋没してしまうだろう。
LEAVE A REPLY