虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
長谷川閑史政権が招く「虚妄の廃墟」という帰結
「『カンデサルタン』は、武田のドル箱商品でした。同時にファイザーの『アムロジピン』も同様で主力商品でした。共に発売以来の累積売上は1兆円を優に超えているはずです。調べているわけではありませんが……」
武田薬品工業が高血圧症治療薬「ブロプレス(一般名:カンデサルタン)」の販売促進活動を改竄データを用いて7年以上の長期にわたって続けていた「CASE‐J」事件。この問題の本質は何なのか。どのような着地が望ましいのか。製薬業界に精通した人物が「絶対匿名」を条件に取材に応じた。
「CASE‐Jによる改竄データのプロモーションにより差別化され市場シェアを奪われたのはファイザーです」
CASE‐Jはブロプレスとファイザーの「ノルバスク(一般名:アムロジピン)」の効果を比較するもの。2001年から06年にかけて行われている。研究結果は「両者間に相違はない」。にもかかわらず、武田は「ブロプレスの方がノルバスクより効果がある」と受け取られるような宣伝をしていた。社長・長谷川閑史も3月の記者会見で広告に「不適切な表現」があったことを認めている。CASE‐Jの問題に論文で疑義を呈したのは由井芳樹・京都大学医学部附属病院循環器内科助教。ノバルティスファーマを窮地に陥れたバルサルタン事件で論文不正を追及したことであまりにも有名な人物だ。
「由井先生の論文執筆の発端の一つになった、学会での講演写真(ゴールデンクロス)を撮影したのもファイザーの社員とされています」
ファイザーにはどんな意図があったのだろうか。確認のため、取材を申し入れたが、期限までに回答はなかった。本来、ファイザーはもっと騒いでも良さそうなものだ。今のところは静観の構えを崩していない。
世界の医薬品業界を崩す「改竄」
あらためて事件の本質を確認しておく。
「今回の事件で一番大きな問題点は、プロモーションに改竄データを使ったことです。私自身、製薬業界の一員としていまだに信じられない思いをぬぐいきれません」
どういうことなのだろうか。
「もし、武田の行為がまかり通れば、世界で市場規模100兆円に達する医薬品業界は、根幹から崩れ去ります。中でも見逃せないのは、最も被害を被るのが患者である点。自らが手を染めた改竄データによる販売促進が医薬品業界全体にどれほどの意味を付加したか。武田は長谷川をはじめ、経営幹部が恐ろしいほどの影響の中身を正確に理解しているとは思えません」
その中身とは何か。
「薬事法違反はもちろんですし、日本製薬工業協会のプロモーションコード違反も当然ですが、その責任追及が中途半端であれば医薬品業界そのものの将来に重い影を落とす事件だと認識しています」
「プロモーション資料は通常極めてまじめで、かつ科学者としての資質もある倫理観を有する本社の学術部員が作成します。CASE‐Jの改竄データのプロモーション資料を作成した過程で関わった全員が論文を見ているのは当然。肝の部分であるゴールデンクロスについて違和感を持ったにもかかわらず、プロモーション資料として作成されたのが事実──これは誰でも想像できます」
武田がしようとしたことは何だったのか。
「少なくとも日本においては、極めて多くの人間が改竄データを使ってアムロジピンとの市場シェア競争を勝ち抜こうとした。これが実態でしょう。これらの少なくない関係者の中に心を痛めている者は皆無なのか。武田は患者視点を持てない、大変悲しい企業だと言わざるを得ません。すでに『巨城』ではない。『虚妄の廃墟』が実態です」
長谷川が考える以上に武田は追い込まれている。次に打つ手はあるのだろうか。
「資金は潤沢とはいえないものの、開発後期段階、できれば第Ⅲ相段階の大型開発品の特許権買収が最も単純な絵です。この際に相手方の企業を買収できるのであれば、それもあり得ます」
だが、事はそう簡単に運ばない。
「今、同じような考えを持っている製薬企業は世界に10社以上あります(苦笑)。そう容易ではありません」
欧米人は去り、邦人は何もできない
長谷川体制は風前のともしびというしかない。
「長谷川氏が『良い』とうそぶいている財務状況が明示的に悪化した場合には、ナイコメッドとミレニアムのもう一段の縮小(リストラ)、および武田本体の縮小はあり得ます。自社開発品が万が一大化けし、年間の売り上げが5000億円を超える可能性が出てくるようなら、武田そのものが欧米ファーマに買収されることもあり得ます」
循環器用剤の捏造データによる販促が武田に与えた影響は甚大である。
「これが引き金になり、財務状況は悪化、会社としてのメンタルは弱体化が進み、急激におかしくなることが予想されます。そうなると、枢要な地位にある欧米人の多くは社を去るのではないか。優秀な日本人(もともと力はあるが、長谷川氏の眼鏡にかなわなかった人材)はすでに役職を奪われ、ここ数年で他社に移っている。残された日本人幹部では何もできない。これも想定の範囲内です」
取材の最後、「何か言い残したことは?」と問い掛けると、くだんの製薬業界人はこんな言葉を口にした。普段から大言壮語は決してしない人物。長谷川はどう聞くだろうか。
「私は、医薬業界に長年います。今後もいるつもりです。単純に言えば、『患者のためになることをしているか』だけが判断の材料であるうちは、目が曇らずやっていける。ただ、患者以外のステークホルダーに重きを置きだすと大変危険な業界であることも認識しています。この事件は、まさに一企業の私利私欲のなせる業。患者不在であったことにやりきれない気分です」
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