消費者庁から「根拠」を求められた 大黒柱「クレベリン」の効果
消費者庁の阿南久長官も怒るより呆れたようだ。首からぶら下げたり部屋に置いたりするだけで空間除菌ができるとうたう除菌・消臭製品「クレべリン」をめぐる大幸薬品の態度だ。クレベリンの主成分は二酸化塩素で、空気中に放出されることで空気中のウイルスや菌を除去するとされ、同社を筆頭にアシスト社や大木製薬など17社が空間除菌・消臭製品を販売している。ところが、3月27日、消費者庁は「空間除菌できるという合理的根拠がない」と、17社に対して景品表示法に基づき表示変更を求める措置命令を出したのだ。
消費者庁の措置命令に事実上の反論
17社の多くが「生活空間で効果がないといわれたのではねえ……」と表示を変えるか販売中止を検討するしかないとうなだれているが、唯一〝反発〟したのが大幸薬品である。4日後の31日、全国紙5紙に『大幸薬品「クレべリン」の主成分「二酸化塩素」はウイルス・菌を除去します』と題した広告を掲載したのだ。同社の態度を記者会見で聞かれた阿南長官は「広告は消費者に誤解を与えかねないと同社に伝えた」と発言。さらに「最終的に(景品表示法違反)処分にする懸念があるとも言ってある」と語った。しかし、同社にもおいそれと引き下がれない事情がある。
具体的に経緯を記せば、消費者庁が同社に新聞広告、ウェブサイトでクレベリン ゲルおよびクレベリン マイスティックという空間除菌グッズが「簡単、置くだけ! 二酸化塩素分子がお部屋の空間に広がります」「置く、掛けるで使える!自分だけの空間に浮遊するウイルス・菌を除去!」「用途 オフィスに 教室に 居室に その他、洗面台、化粧台、ロッカー、食器棚などにもお使いいただけます」とうたっている根拠を示す資料の提出を求めた。他の16社も同様だが、消費者庁は提出された資料を検討。その結果、「風が入ってきたりドアを開け閉めして人が出入りしたりする通常の部屋では広告やウェブでうたう除菌効果があるとは認められなかった」と判断し、27日、同社を含む17社に対し消費者に実際より優良であると誤認させる(優良誤認)として「今後、裏付けとなる合理的な根拠を持たずに広告やウェブサイトに表示しないよう」命令した。消費者庁の措置命令を見る限り、17社は効果がない空間除菌グッズを効果があるかのようにうたって売り付けていたようなのだ。
措置命令を受けて、同社は直後の29日に「広告表現に関するお知らせ」をリリースした。そのお知らせには「2商品が〈略〉いかなる場所でもウイルス及び菌を除去し、カビの生育を抑制するとともに、消臭するかのように示す表示をしていました。かかる表示について〈略〉一般消費者に対し実際のものよりも著しく優良であると示すものであり、景品表示法に違反するものでした」と、殊勝に反省しているようなのだが、その後の文章には不満がありありと読み取れる。今後は「ウエブサイトで使用されている該当表現について、『※ご利用環境により成分の広がりが異なります。』という注意文言を入れる等、速やかに修正を行いました」と、表示方法が悪かったといわんばかりなのだ。続けて「弊社では二酸化塩素分子には、ウイルスや菌を除去し、カビの育成を抑制する働きがある事を確認しており、今後も一般居住空間での検証を繰り返し、その結果を元にして誤解のない広告表記を行ってまいります」と記しているのだ。同社は内心「効果がないとは何事か」とカチンときたらしい。
さらに3月31日、消費者庁の判断に反論するかのような新聞広告を出した。広告は「クレベリンの主成分である二酸化塩素にはウイルスの除去、細菌・カビなどへの有効性に関する実験を行い、米国の生科学専門誌に論文を発表し、効果効能を検証している。また研究室だけでなく、一般居住空間における検証も行っている」という内容である。消費者庁長官が記者会見で「懸念している」と法的な措置を匂わせたのも道理である。
除菌グッズは「どうしようもない代物」
騒動になった空間除菌・消臭製品は同社が開発したもの。二酸化塩素は常温常圧下では黄色の気体で、フリーラジカル、あるいは単にラジカル(遊離基)と呼ばれるが、活性酸素のように強い酸化作用を持っている。水道水の浄化に塩素や次亜塩素酸ナトリウムを使うが、発がん性物質のトリハロメタンが発生しやすい。トリハロメタンを生成し難くするために二酸化塩素を使用している。この酸化作用でウイルスや細菌、真菌、臭化物質のタンパク質を構成するトリプトファンやチロシンを酸化して構造を変えてしまうことで除菌、消臭をするという。
だが、除菌効果はあっても水溶液やジェルに溶かし込んで保存することは難しいとされていた。同社は溶液に二酸化塩素を閉じ込め、かつ徐放させることに成功。空間除菌・消臭製品、クレベリンとして売り出したのだ。ちょうど重症急性呼吸器症候群(SARS)が収束した直後だったし、ノロウイルスやインフルエンザ、鳥インフルエンザ流行の懸念などからクレベリンは同社のヒット商品になった。それは今年2月に発表した「平成26年3月期業績予想の修正」に如実に表れている。同社はクレベリンの予想を超える売り上げ増で、当初予想していた感染管理事業部門の売り上げ予想24億円がなんと49%増の36億円に急増すると見込まれる、と修正した。
この手の医薬部外品の業界は1社がヒット商品を出すと、同業者が類似商品を次々に販売する。当然、大幸薬品のクレベリン類似の除菌・消臭製品を16社が一斉に売り出したのである。消費者庁が除菌製品といわず、わざわざ「除菌グッズ」と呼んでいるのも「どうしようもない代物」と言ったニュアンスが込められているようだ。
同社にとってクレベリンは大黒柱に育った製品である。その大事な商品が「効果の根拠がない」とレッテルを張られたのだからたまらない。売り出す前に1DKのマンションでの実証実験で十分、空間除菌効果があったと強調、広告表記の修正程度で済ましたいという主張なのだ。何しろ、同社が〝抵抗姿勢〟を示したのもクレベリンの売り上げが業績にモロに影響するからである。
同社は「ラッパのマークの正露丸」でよく知られた会社だ。正露丸そのものは戦前、「忠勇征露丸」と呼ばれた胃腸薬である。化膿の治療や防腐剤として用いられていた木クレオソートで、その殺菌力が注目され、早くから胃腸疾患に使われていたという。その木クレオソートに着目したのが大阪の薬商「中島佐一薬房」の中島佐一で、丸薬にして「忠勇征露丸」と名付けて販売した。もっとも、中島より先に旧帝国陸軍がそれまで「クレオソート丸」と呼んでいたものを日露戦争時に「征露丸」と名付けたのが最初だともいわれている。
業績に影響するクレベリンの売り上げ
終戦直後の1946年、柴田製薬所を経営していた柴田音治郎が大阪・吹田市に大幸薬品を設立し、忠勇征露丸の製造販売権を継承。「正露丸」の名前に変えて販売してきた。むろん、今も同社の最大の商品であり、正露丸の名前は商標登録されているが、あまりにも有名であるため、他社からも正露丸が売り出され、登録商標裁判に発展した。ところが、裁判では「正露丸はクレオソートを主原料とする胃腸薬の丸薬であり、広く知られ、もはや一般名称というべきだ」という判決だったため、今ではあちこちから同様の〝正露丸〟が売り出されている。やむなく、同社は自社製品の正露丸を「ラッパのマークの正露丸」と宣伝し、消費者に間違わないように呼び掛けている。
この100年前に生まれた正露丸は今でも薬(下痢止め)のトップブランドであり、同社の大黒柱だ。同社は事業を医薬品事業と感染管理事業の2部門に分けているが、医薬品事業部門で扱う医薬品は正露丸の他に、水なしで飲める急性下痢止め薬「ピシャット錠」、医薬部外品の便秘・軟便用の「ラッパ整腸薬BF」、小児の夜泣き用「ひやきおーがん(樋屋奇應丸)」があるが、売れるのはなんといっても「セイロガン糖衣A」を含めた正露丸だ。12年度国内売り上げは38億円で、医薬品事業(国内)の約95%も占めている。だが、国内では急性下痢止め薬を中心に競争が激化し、さすがの正露丸も苦戦。台湾、香港、中国等、海外の売上増でカバーしているのが実情だ。
そんなところに救世主のように売上増を果たしているのが、クレベリンなのである。発売と同時に感染管理事業部門を立ち上げ、薬局やドラッグストアだけでなくホームセンターなどにも販路を広げ、販売に力を入れた。新型インフルエンザやノロウイルスなどの感染症の拡大が心配される中、消臭剤や芳香剤のように手軽に使えるのが受けてクレベリンは瞬く間に同社のドル箱になった。
ところが、そのクレベリンに対し消費者庁から「除菌の具体的効果がない」とされ、景品表示法に基づく措置命令を受けてしまった。広告宣伝の表示の仕方がまずかったということで済まそうとして新聞広告を出したが、その内容が「効果がある」と題するものだっただけに消費者庁も内心面白くない。逆効果というべきだろう。かえってクレベリンにマイナスイメージを積み重ねるだけである。正露丸の商標権訴訟で得た教訓が生かされていないようだ。
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