味の素のDNAを受け継がず 期待を裏切った「不肖の息子」
「味の素製薬は日本を代表する世界的食品メーカー、味の素の不肖の息子だ」。こう切り捨てる証券アナリストもいる。製薬メーカーは好不況に影響されないディフェンシブ銘柄(景気動向に業績が左右されにくい業種の株式)なのに、味の素が売り上げ、営業利益で苦戦しているとき、大した功績を挙げていないというのがその理由だ。
田辺三菱製薬は親会社の三菱ケミカルホールディングスが石油化学部門の不振にあえいでいる中で高い利益を稼ぎ出し、大日本住友製薬も確かな利益を挙げて不況の最中の住友化学を支えているのに比べ、味の素製薬は親会社の売り上げ、利益にさほど貢献していないというのである。
味の素は2013年3月期の連結決算では資本効率を高め、付加価値製品に注力した結果、経常利益こそ前年を上回ったものの、欧州の金融不安、アメリカの景気回復の遅れ、中国、インドの経済成長鈍化を受けて、売り上げは対前年比2・1%減の1兆1724億円だし、営業利益は1・9%減の712億円に低迷している。
グループに占める利益貢献はわずか4%
その中で、味の素製薬の売り上げは714億円で、6%を占めるにすぎないし、営業利益も31億円で、グループ全体の4%程度でしかない。証券アナリストならずとも、アミノ酸の応用からスタートし、消化器疾患領域と代謝性疾患領域に強みを持つ味の素製薬には厳しい目が注がれている。
よく知られているように味の素は約100年前、創業者の鈴木三郎助が神奈川県葉山の海岸に打ち上げられる海藻を燃やした灰からヨードを抽出して販売したことから始まる。鈴木は東京帝国大学(現東大)の池田菊苗教授が昆布のうまみ成分、グルタミン酸を発見、製造法を見つけたのを知り、池田教授を誘い、事業化した。
伊藤雅俊社長は講演で鈴木三郎助の創業話を語った上で、「味の素が手掛ける事業の半分は外部の力を借りて成り立っている。アミノ酸、核酸は命をつくり上げるもので、あまりにも奥が深く、かつ可能性が大きい分野であり、自分たちだけで完結しようとは思っていない。いろいろなところと、いろいろな人と組むのが味の素のDNAである」と話している。
このDNAの故か、味の素は最も日本式経営に徹しているところがある。バブル崩壊後の「失われた20年」の間、企業経営は「選択と集中」がもてはやされたが、味の素は流行に乗らなかった。アミノ酸に関連する技術をさまざまな事業に応用できないかと模索しては、可能性のある事業を展開する姿勢を取り続けた。調味料を中核にして加工食品、冷凍食品、飼料用リジン、医薬品、化粧品など、アミノ酸に関係するものなら端から事業展開している。
この創業以来のDNAを守り、選択と集中に染まらなかった経営は決して間違ってはいなかった。その一例がアミノ酸とコンクリートの組み合わせだ。アルカリ性のコンクリートは魚が寄り付かない。しかし、味の素の女性食品研究者はアミノ酸がセメントを中性化するという論文を読み、セメントにアルギニンを混ぜて中性に変わるコンクリートを作り、海中に入れると藻が付き、漁礁になるコンクリートを実現させた。今では消波ブロックには彼女の研究に協力した日建工学の環境活性コンクリートが広く利用されている。
コンピューターのCPU(中央演算処理装置)基盤に使われる絶縁特殊フィルム、ABF(味の素ビルドアップフィルム)も同様だ。もともとはグルタミン酸製造時の副産物を活用したエポキシ樹脂だが、ほとんど利用されない状態だった。ところが、90年代末にCPU基盤に使われるようになり、様相は一変。今ではCPU基盤にはなくてはならない材料になっている。伊藤社長が語る通り、味の素は外部と組むことで新しい可能性が幾らでも広がるということを熟知している。
味の素製薬の始まりも、このDNAを受け継いでいる。56年に森下製薬が世界で初めて発売した結晶アミノ酸輸液「モリアミン」を製造したのが、味の素の川崎工場だった。その後、味の素は81年に成分栄養剤「エレンタール」を開発したのを皮切りに86年には抗悪性腫瘍剤「レンチナン」、91年には肝不全用成分栄養剤「へパンED」、95年にCa拮抗降圧剤「アテレック」、96年に分岐鎖アミノ酸製剤「リーバクト」と、次々にアミノ酸に関連する医薬品、栄養剤を生み出した。
さらに、99年には血糖降圧剤「ナテグリニド」(商品名はアステラス製薬の「スターシス」、サノフィの「ファスティック」)を開発、ノバルティス・ファーマにライセンス導出するまでになった。02年にはアベンティスファーマ、武田薬品工業と骨粗しょう症治療剤「リセドロネート」(商品名はアベンティスが「アクトネル」、武田薬品は「ベネット」)を共同開発し、製薬メーカーとしての地歩を築いた。
発足3年で期待を裏切る結果に
こうした成長ぶりから10年4月、味の素本体の医薬開発部門を分離し、味の素ファルマ、味の素メディカルと合併させて味の素製薬を発足させた。味の素ファルマは輸液と栄養剤の販売を行っていたヘキスト・マリオン・ルセル(旧森下製薬)の販売部門を買収した販売会社、、味の素メディカルは運輸倉庫会社の鈴与から傘下の清水製薬を買収した会社で、製造と物流を担当していた。これで味の素製薬はアミノ酸を核とした研究、開発、製造、販売まで一手に行う製薬メーカーとスタートした。
発足時に「味の素ならではの新薬つくりを進める」と掲げ、「15年度までに売り上げ1000億円、営業利益200億円、営業利益率20%を目標にする」ことを目指した。当然、同社に寄せる期待も大きかった。
ところが、結果は期待を大きく裏切るものだった。発足3年後には「もはや目標達成は無理なのではないか」(証券アナリスト)という声が広まった。なにしろ、発足当初の売り上げは単純合算で860億円だったのに、12年3月期決算の数字は売り上げが対前年比5・7%減の778億円、営業利益は18・3%減の63億円と縮小した。それも薬価改定のない〝裏年〟だったにもかかわらず、売り上げ減だったのである。
しかも、今年13年3月期決算でも売り上げは前年を64億円下回る714億円、営業利益は前期を32億円も下回る31億円に終わった。薬価改定は6・15%で、これだけで25億円の減収が見込まれたとはいえ、あまりにも悪過ぎる。自社販売医薬品は胃炎・潰瘍治療剤「マーズレン」の販売開始で売り上げを伸ばしたが、リセドロネートなどの提携販売品の売り上げが競合品の登場で減少した上、導出ロイヤルティー収入が減ったためと説明したが、15年度実現を掲げた目標から遠ざかるばかりである。
売り上げ減招く苦肉の策
さらに、昨年末に味の素製薬の発祥といえる輸液・透析事業を分離し、ジェネリックメーカーの陽進堂とで設立した合弁会社、エイワイファーマに移した。輸液・透析事業は売り上げ200億円を挙げる部門だが、同社は利益が上がらなかったためと理由を説明する。しかし、これでさらに売り上げ減が続きそうだ。
味の素製薬の減収減益状態については、味の素も憂慮している。今年6月には、社長が豊田友康氏から味の素取締役専務執行役員の長町隆氏に交代した。業績を立て直すための人事だろう。しかし、前途は厳しいといわざるを得ない。なにしろ、新薬関係ではマーズレン後には6月に発売した大腸内視鏡検査と大腸手術前に使う経口腸管洗浄剤「モビレップ」くらいしか見当たらない。アクトネルやリーバクトの剤型追加程度では大きな売り上げ増は望めない。
パイプラインを除いても、開発中のものが少な過ぎる。2型糖尿病治療剤の「ファスティック」がフェーズ3で、潰瘍性大腸炎治療剤で導入品の「AJG511」と自社オリジンの「AJM300」がフェーズ2に進んでいるだけ。高血圧症治療剤として申請中の「AJH801」の登場と、ファスティックがDPP‐4阻害剤との併用を見込めることから、売り上げが期待できることくらいである。
好意的に見れば、先頃発表された潰瘍性大腸炎治療剤として開発中のAJM300のフェーズ2の結果は有意な改善率が高かったという。AJM300はリンパ球の接着・浸潤を防ぐ機序で、既存薬にない新しいメカニズムを持つ治療薬であるだけに期待できるだろう。
しかし、パイプラインはそれしかない。味の素製薬は輸液・透析事業の分離で売り上げは200億円の減収、医療用食品の味の素への移管で30億円の減収になる。その代わり、マーズレンの販売拡大、アクトネルの月1回投与という剤型追加による販売増、4工場を1工場に集約したことによるコスト低減で、売り上げと営業利益の回復に務め、さらにパイプラインを増強するという。
これで、利益が上がらない輸液事業の分離で営業利益率は改善するだろう。しかし、味の素製薬の期待を裏切る低迷は「味の素はいろいろなところと組む」というDNAを忘れ、パイプラインの充実を図らなかったことにあるといえる。
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