虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
〈当社は、ナイコメッド社との統合を経て、進出国やビジネスモデルが大きく変化したことを踏まえ、今後の新たなタケダ(New Takeda)が目指す2020年の姿を示した「ビジョン2020」を策定しました〉
武田薬品工業がインターネット上で公開するウェブサイト。〈会社情報〉の中に〈トップメッセージ〉なるコンテンツがある。5月9日、ここに新たなテキストがアップされた。冒頭に掲げたのは、その書き出しである。名義は同社社長・長谷川閑史。見るからに空疎な文言が続く。
〈ビジョン2020は、「Better Health, Brighter Future」をキーメッセージとして、「Our Business:すべては人々の健康のために」「Our Organization:ダイバーシティを力に」「Our People:情熱を原動力に」の3つの要素から成り、当社が目指す事業の目標を、「革新的な新薬、高品質なブランドジェネリック医薬品、ワクチン、OTC医薬品をお届けすることで、少しでも早く、少しでも多くの人々の願いに応えていく」こととしています。当社はビジョン2020の実現に向け、今般策定した新たな中期成長戦略を、経営陣が、世界中に広がる30000人の多様な従業員と一体となって推進することで、引き続き、グローバル製薬企業として更なる飛躍に挑戦してまいります〉
題して〈2020年におけるタケダのありたい姿──ビジョン2020〉。何を希望しようと自由ではある。だが、ブロックバスター後の明確なシナリオすら描けない製薬企業のトップが希望を語っているだけでいいのだろうか。
手垢にまみれた構想がまた浮上
その長谷川、前号でも報じたように、このところ、「日本版国立衛生研究所(NIH)」の設立にすっかりご執心の様子。本誌読者なら周知のことだろうが、構想自体は手垢にまみれた代物にすぎない。この程度のアイデアを今さら持ち出してきて、さも効果があるように見せる。長谷川が幾多の企業買収で発揮した「錬金術経営」=タケダイズムの神髄を見るかのような思いがする。
長谷川は経済同友会代表幹事として5月20日、「緊急提言」を行った。これまた実効性の怪しい政府の「成長戦略」や「骨太方針」がなし崩しにならぬよう釘を刺したものと見られる。
日本版NIHについては、〈省庁横断的な予算配分と権限を持つ組織にする〉との字句が並んだ。妙に既視感に満ちた表現ではないだろうか。
「こんなものはまったく何も生みません」
東京都内の研究機関に勤務する人物はこう吐き捨てた。日本版NIHへの評価である。
「箱と組織をつくるだけ。民主党政権が肝いりで立ち上げた『内閣官房医療イノベーション推進室』とまったく同じなんです」(同前)
予算配分と権限。本誌が初代室長である中村祐輔氏にインタビューでただしたように、イノベ室もこの二つを追い求め、挫折している。
「省庁間の壁を打破する。そんなことできっこありませんよ。ただ、お手盛りで形だけつくるのは簡単です。『民主党にはできなかったけど、どうだ』と威張りたい人が今の内閣には大勢いるから(笑)。官僚が格好をつけてやらなきゃならない。各省庁から適当な人材を拾い上げて、寄り合い所帯をつくればいい。これが日本版NIHです。その役人連中にヒアリングをさせる。彼らの隣にお目付け役で財務官僚でも座らせておけば、言うことはない。完璧です」(旧帝大教員)
実質は従来と何ら変わっていない。ただ、政府広報に掲載の「バイオイノベーション」予算は確実に上積みされる。ただし、よく見れば、背景には各省庁ごとの積算が「裏シート」にある。
なぜ、旧態依然がまかり通るのか。
「実際に事業を実施する司がいかに飯を食うか。それこそがこの手の予算の本質です。厚生労働省系の病院に〇億円、文部科学省系の大学に〇億円──。これで各組織は飯を食う。飯を食うといったって、別に悪意を込めているわけではない。きちんとした活動をした上で結果を出さなければ、彼らの存在理由も霞むだけなんです」(同前)
頭だけ形の上で「統合」しても、この飯を食わせる仕組み自体は温存される。これでは真の統廃合など、とてもおぼつかない。イノベ室の蹉跌をまた繰り返すだけの結果が待っている。
「統合すべきは頭じゃない。手足である個々の組織なんです。直轄組織にして、予算や人事の権限も現場に下ろす。そうしない限りは生きた金が回り始めることはありません」(前出研究者)
そもそも「日本版NIH」なる名称を持ってくるセンス自体、疑わしい。一部全国紙も付和雷同しているようだが、焼きが回ったのだろうか。
「揶揄や皮肉を込めてそう書くのであれば、まだ分かります。ただ、一面で報じているメディアは本気なんでしょう。例えば、パプアニューギニアが『パプア版厚労省をつくる』と言いだしたら、どんな気持ちがしますか。まったく意味不明です。日本版NIHも一緒です」(厚労省OB)
日本を強くしない「成長戦略」
断言しよう。長谷川が自画自賛する案を具現化しても、日本は決して強くならない。そもそも長谷川に発言権はない。自社で研究開発の資源も、それを仕切る人材も調達できず、お手軽な買収に頼るだけ。その結果、外国人に名実共に牛耳られている「繰り上げトップ」企業の経営者が日本経済の「成長戦略」を説く。勘違いも甚だしい。
「日本版NIHは理念としても間違っている。国際的な通商体制において米国は文句のない大国です。医薬品分野でいえば、日本のデータを買うかどうか、日本の製品を輸入するかどうかといった判断の権限は米国にある。NIHとは交易条件に影響を及ぼし得る超大国が取っている政策の一翼を担う機関です。それをそのまま日本に持ってきてどうするのか。もはやギャグに近い世界とでも言うしかない」(医薬品医療機器総合機構OB)
第二次世界大戦中に大本営が「日本版連合国最高司令部」をつくると言いだすような事態。国内を代表するメディアがそれを大見出しで報じ、大まじめに評価している。果たしてこんな風土で真のイノベーションは可能なのだろうか。少なくとも、武田はその器ではない。将棋でいえば、とっくに詰んでいる。指し手だけがルールすら理解していない。岡目八目どころか、周囲の人材も払底している。国内首位が聞いてあきれる。
(敬称略)
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