業績好調でも再編話の中心となる業界4位の悲哀
医薬品卸、東邦薬品を傘下に持つ東邦ホールディングス(HD)がこのところ好調だ。2010年には業績悪化中の医薬品・医療機器卸、アスカムと合併したり、過去にさかのぼって価格の引き下げを要求したクリニックを訴えたり、なりふり構わぬ行動に東邦HDも苦しいのか、と思われていた。全国卸4社の中でも上位の卸とは差があり過ぎ、「4番目といっても合併するしかないだろう」との噂も上がっていた。
「ワクチン特需」あっての好業績
だが、11年3月期では価格競争の激化で大手、とりわけ業界1位のメディパルHD、3位のスズケンの不振を尻目に売り上げ、営業利益とも増収増益を確保。スズケンの後姿が視野に入るところまで伸長した。さらに12年3月期決算では医薬品卸は軒並み赤字予想だったが、1月以降の好業績で赤字予想をひっくり返した。「ワクチン特需」によるものだが、それでも一歩間違えば、東邦HDが再編対象にされるのはいうまでもない。
東邦HDの12年3月期決算は、売り上げが前年度比4・6%増の1兆1080億円、営業利益は同141%増の140億7300万円、経常利益は同87%増の177億3200万円だった。純利益も47・8%増の107億6600万円を確保し、過去最高の増収増益である。
松谷高顕会長は「(医薬品の卸事業の)営業利益率は0・87%にすぎず、目標の1%にも満たない。まだ厳しい状況が続いている」と強調した。しかし、それは病院や大手調剤薬局チェーンに「卸はもうかっている」と受け取られ、値引きを要求されかねないため、表向き厳しい顔をしているにすぎない。
昨年は、09年に業界2位のアルフレッサHDが仕掛けたような価格競争がなかった。しかし、10年4月に試行導入された「新薬創出・適応外薬解消等促進加算(新薬創出加算)」により、薬価改定時でも特許期間の薬価が原則維持される一方、特許が切れると大幅に価格が下がるため、値引き交渉は以前よりも厳しくなった。
それでも生活習慣病への関心が高まったことによる新薬の販売が堅調だった上に、ワクチン需要の急増が卸各社の売り上げを急拡大させた。しかも、ワクチンは価格競争がほとんどなく、未曾有の営業利益、経常利益をもたらした。その結果、東邦HDは昨年前半までは営業利益率が0・1%程度の地をはうような状態から一挙に0・87%に改善した。
11年3月期の業績でも売り上げが1兆21億円と初めて1兆円の大台に乗り、営業利益でも109億円を確保して増収増益を記録した。メディパルHDとスズケンが落ち込んでいたのとは対照的だった。今年の3月期でもスズケンは増収、二桁増益だったものの、卸事業に限ってみれば31億円の営業赤字。この数字を見比べれば、東邦HDがスズケンに追い付き、追い越すのは時間の問題とさえ映る。いや、メディパルHDの営業利益にも追い付きそうな勢いだ。
しかし、東邦HDは数年前までは医薬品卸上位4社の中で4位、売り上げも営業利益も大手とは差が大きかったため、常に再編話の中心にいる。09年にはアスカムとの統合延期を発表した。最終的には統合は実現したが、「極度の不振にあえいでいたアスカムを立て直せるのか」「東邦HD自身がさらに経営悪化するのではないか」といった声が卸業界でささやかれた。
さらに、10年秋には東京・三鷹市の診療所に対して代金支払いを求める訴訟を起こした。過去の納入代金をめぐり、診療所から値引きを要求されたためで、破綻したわけでもない診療所を卸が訴えたことで大いに注目された。医療関係者の間では当初、「診療所が訴えたのではないのか」と聞き直すほど前代未聞の訴訟だったことから双方の主張の正当性よりも東邦HDの台所事情は大丈夫なのか、と勘繰られてしまった。このようなことがあり、東邦HDを核とした再編話が事あるごとに話題になった。
具体名が次々と挙がった再編話
医薬品卸業界では常に合併による再編が話題になる。卸は、メーカーが作った医薬品を医療機関や調剤薬局に卸すだけのビジネスだ。卸同士がいくら値引くかという競争をしているだけにすぎない。売り上げ増は納入先の医療機関や調剤薬局を増やすことだけだし、それはどこまで値引きできるかにかかっている。従って、増収増益を確保する最も有力な手段は合併だ。合併すれば、重複するエリアで卸の営業マンであるMS(マーケティング・スペシャリスト)を減らし、人件費を圧縮できる。医薬品卸上位4社はいずれも、合併に次ぐ合併で大きくなったにすぎない。
東邦HDの再編話で真っ先に上がったのがスズケン。業績はいまいちだが、合併すれば大手としてメディパルHD、アルフレッサHDと肩を並べられる。次いで、バイタルケーエスケーHD。同社は東北の雄で、合併すればスズケンを上回る卸が誕生する。さらに、メディパルHDやアルフレッサHDとの合併説まで登場した。経営悪化や業績不振が伝えられれば即合併説が登場するのが、この業界独特の風土。地域密着だった卸が合併を繰り返して売り上げと収益を伸ばしてきたからにほかならない。
だが、東邦HDは自力で業績を上げようと務めた。主導権を握れる合併話がなかったからかもしれないが、努力は報われている。その一つが調剤薬局の展開。アルフレッサHDは独自の工夫で調剤薬局への販売網を築いたが、東邦HDが後を追て真似をしてもトップに追い付くことは難しい。それよりも自社が卸す先を確保した方が手っ取り早い。調剤薬局進出を否定しているアルフレッサHDを除き、メディパルHDやスズケンも調剤薬局事業を展開、東邦HDの調剤薬局数も500店舗に達する。売り上げも大手調剤チェーンに肉薄するまでになり、営業利益の半分近くを占めるまでに成長している。医薬品卸事業が苦境に陥ったときを支えるほどに育った。
先行優位の分野にも競合が参入
もう一つの工夫はオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)の販売提携だ。メディパルHDが医薬品開発支援(CRO)最大手のシミックと提携し、今年5月にオーファンパシフィック社を設立。シミックが開発するオーファンドラッグ開発の資金提供と独占販売をする事業を始めたが、オーファンドラッグを対象にしたビジネスは東邦HDが切り開いた。最初に手掛けたのは米アレクシオンファーマ社の発作性夜間ヘモグロビン尿症薬「ソリリス」の独占販売。10年6月から始めた。同薬は患者数が440人と極端に少ないウルトラオーファンだが、薬価も高く、年間売り上げは197億円に達する。独占販売なので値引き競争が起きず、安定的に売り上げを確保できている。さらに、米セルジーン社の多発性骨髄腫治療薬「レプラミド」の優先的取り扱いを同年7月から始めた。同薬の売り上げは219億円になるとされる。スズケンとの2社での販売だが、それでも確実な売り上げを計算できる。
しかし、こうした東邦HDの戦略は今後もうまくいくのだろうか。営業利益ではメディパルHDに追い付きそうだし、売り上げではスズケンの背中が見えている。だが、メディパルHDは24年間ワンマン社長だった熊倉貞武氏が代表権を持つ会長に退き、渡辺秀一副社長が新社長に就任。渡辺氏はMR(医薬情報担当者)資格を持つMSを育成し、「AR(アシスト・リプレゼンタティブ)」と呼ぶ部隊を400人に拡大し、「プライスに比重がいってしまっているが、それを超える営業体制に変えていく」と強調。医薬品卸に力を入れる。一方、スズケンもリストラを敢行し巻き返しを狙っている。
東邦HDが開拓したオーファンドラッグの販売提携もメディパルHDが参入、スズケンも拡大を狙っているため、東邦HDの独断場にならない。むしろ、上位の卸が乗り出したことで苦戦を強いられるかもしれない。さらに、安定的な納入先になることで競争が激しい医薬品卸事業を支えてきた調剤薬局事業も予断を許さない。すでに店舗数も500店を超え、大手調剤薬局チェーンや調剤に力を入れている大手ドラッグストアと真正面からぶつかる。松谷会長は「調剤薬局は経営を任せている」と語り、摩擦を起こさないように気を使う。しかし、規模が小さいうちは大手調剤薬局チェーンも大手ドラッグストアも大目に見ていたが、規模が拡大した現在ではライバル視している。東邦HDがいくら腰を低くしても競争に巻き込まれざるを得ない。
このような状況をどう考えているのか、同社に取材を申し込んだが、取材を拒否する旨をファクスしてきた。
医薬品卸は新薬創出加算が試行されて以来、長期収載品(後発品のある先発品)に対して値引き要求が厳しくなっている。ワクチン特需で予想以上の売り上げ増、大幅営業利益が明らかになっただけに、今年は医療機関や調剤薬局の値引き要求は一層強くなると予想されている。東邦HDは好調さを今後も維持するのは困難になりそうだ。
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