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未来の会

サンドラッグ

サンドラッグ
人件費圧縮の原動力は事実上の「32歳定年

 サンドラッグは数あるドラッグストアの中で際立つ存在である。なにしろ、同社は1994年に上場して以来、17年間連続して増収増益を記録している。しかも、その中身たるや、2012年3月期の売り上げは3868億円で、ドラッグストア業界トップのマツモトキヨシには及ばなかったものの、前年度比7・3%増で業界平均の3・1%増を大幅に上回っている。営業利益は15・8%増、経常利益も15・1%増で、毎年、二桁増加。まるで高度成長中の中国やインド並みの数字なのである。その上、自己資本比率は57・7%と優良企業そのものだ。

 この驚異的な成長を成し遂げたのはサラリーマン社長の才津達郎氏。一癖も二癖もあるオーナー経営者が多いドラッグストアの経営者たちも「経営には柔軟さが必要だが、才津君のフレキシブルな経営には敬服する。尊敬する経営者です」と敬意を表している。そして「商売に向かないと見れば、オーナーの息子さえ追い出したくらいですからね」と付け加える。冷徹な合理主義に徹した人物がつくり上げたドラッグストアなのである。

オーナーにも物申すサラリーマン社長

 才津氏の人柄を語る逸話がある。ビルのオーナーが1階をどんな商店に貸してもじきに閉店してしまうのに困り、「賃料をただにするから借りてくれないか」と持ち掛けた。その話に飛び付いたのがオーナーの故多田幸正氏。「ただ」という言葉に引かれたのである。ところが、才津氏は「絶対にうまくいかない」と反対、借りなかった。

 才津氏は、社長とはいえサラリーマン社長である。いわば番頭だ。オーナーの声に反対できないのが通常だ。だが、才津氏は「店舗を閉鎖するには無駄なお金がかかるから、出店戦略を間違えてはいけない。出店のハードルを高くして、3〜4年後には年間の経常利益が2500万円を達成できる場所しか出店しない」と語っている。多くのドラッグストアは経常利益1000万円を見込めそうとみれば、出店しているが、才津氏は原則を崩そうとはしない。出店条件を厳しくしておけば、閉店する店舗数を極力抑えられるというのが才津氏の発想だ。たとえオーナーといえども、経営を悪化させかねないものには反対を貫き通す。

 才津氏は長崎県・五島列島の出身。県立五島高校卒業後、集団就職で上京。新宿のアメミヤ商事に就職。本人は「保険代理業だと聞かされ、事務職だと思っていたが、ドラッグストア事業を始めるといわれ、食品販売を担当させられた」と、周囲に語っている。ちょうど、アメリカではドラッグストアが食料品や日用品販売に進出し、スーパーを駆逐していると伝えられた時期で、アメミヤは東京・新宿駅西口の小田急ハルクの隣に薬や化粧品から食品まで扱うディスカウントストアを出店。安さで大いににぎわった。才津氏は7年後に退社し、サンドラッグに入社。取締役営業部長、常務、専務と昇進し、94年に社長に就任するが、彼の経営哲学の原点は、アメミヤ、さらにサンドラッグでの下積み時代の体験と工夫だったようだ。

 ある知人によれば、「彼は医薬品でも日用品でも、どの棚のどこに置けばどういう人たちに売れるか、特売品をどのように配置すれば売れるのか、いろいろ試して商品の置き方、陳列方法を学び、頭の中にたたき込んだ。まだPOS(販売時点情報管理)システムもパソコンも普及していない時代に試行錯誤しながら最も売れる方法をつかんだ。それがサンドラッグで生かされている」

 実際、才津氏が講演や取材で語った話には現場で積み上げた経営法がふんだんに出てくる。〝才津語録〟といってもよいほどだ。例えば、ある中小企業の経営者や幹部を集めた講演会では「大きな無駄は当たり前の中にある」と言い、コスト削減の極意は日常の当たり前になっているところにこそ無駄が隠れていると指摘する。「売り上げの責任は店長にない」とも言う。店舗の立地、売り場面積、店舗ごとの経営計画は店長ではなく、店舗開発部が行っているので店長にすべての責任を負わせてはならないというのだ。「公平さは部門ごとに手間や忙しさを数字化して表した」というのもある。売り場と仕入れ部門、店舗開発部などでは仕事が異なるから、部門ごとに数字化しなければ公平さに欠けるからだと説明する。さらに「言葉は信用するな、行動で判断しろ。行動で判断するな、志で判断しろ」とも言う。中堅幹部以上ならこの気持ちが分かるはずだ。

社員に身を粉にして働かせる手法

 才津氏はサンドラッグではワンマン社長。それでいて社員から信頼されている。それは才津語録にもあるような真の公平さがあり、口先ではなく志が重視されることがやる気と信頼感を醸し出しているからである。実際、サンドラッグの店員たちはよく働く。あるドラッグストアの経営者は「サンドラッグを辞めて当社に入社した社員は無駄なくよく働く。ところが、本人は〝ここはサンドラッグと違って楽だ〟というから驚いた」と言う。才津氏は店員に身を粉にして働かせる魅力、手法を持っているのである。

 その一つは「2人店長制」だ。多くのドラッグストアでは薬剤師に店長になってもらいたいと期待するが、薬剤師には〝オタク〟が多い。調剤室にこもって調剤だけをやりたがる。人と接触するのが苦手というタイプだ。そういう薬剤師の性格を見抜き、サンドラッグの店舗では、仕入れから販売まですべての従業員の指揮を取る店長には薬剤師ではない人物を起用し、薬剤師はもう一人の店長として医薬品の管理、客への説明など薬剤師本来の仕事だけに責任を持たせている。もちろん、才津もこれがベストだとは思っていない。薬剤師の性格に合わせて柔軟に対処しているのである。才津氏がこういう柔軟さを持っていることを、多くのドラッグストア経営者が尊敬する理由の一つに挙げている。

 才津氏は「ドラッグストアの原点は安売りだ」ということをしっかりと自覚している。「小売業は基本的に価格でしか差別化できない。専門知識をもった店員による説明はあるけれども、ファッション業界や飲食店のように品ぞろえで差別化することは難しい」という。特にドラッグストアは医薬品にしろ、日用品にしろ、メーカーが作ったものを並べて売るだけである。才津氏は「低価格販売を実現するためには店舗の効率化を図り固定費を少なくするしかない。店員の作業時間は秒単位で管理するようにしている」という。

スーパーの客奪う「コバンザメ商法」

 確かに、ほかのドラッグストアと比べてサンドラッグは安い。店舗の立地もスーパーの目の前に出店しているケースが多く、スーパーの客を奪う〝コバンザメ商法〟に徹している。安さを武器にスーパーから日用品、化粧品の客を奪って成長してきたドラッグストアの原点をきちんと今も実践している。「大方のドラッグストアはハコ(店舗)さえあれば出店するようになってしまったが、才津氏は原点を忘れていない。必ず利益が見込めることを計算して出店している」(ある経営コンサルタント)。

 だが、もうかる立地だけにこだわっているわけではない。例えば、九州のディスカウントストア「ダイレックス」を買収したが、ダイレックスの売り場のうち、3分の1の500平方㍍をドラッグストアにした融合店に変えている。才津氏は「利益率の高い医薬品の販売で全体の利益率が上がるし、過疎地では高齢者も多く、日用品や食品から医薬品まで1カ所で買物を済ませるよろず屋にする」と語っている。海外進出より過疎地でこそ出店の余地が残っているという柔軟な発想もしているのである。こうした才津氏の商法がサンドラッグを売り上げでは業界2位、営業利益、経常利益でトップのドラッグストアに成長させた。

 だが、才津氏は一方で冷徹な合理主義者でもある。オーナーの息子を追い出したというのもその一例を示すものだろう。オーナーの息子だけではない。「サンドラッグは32歳定年制」という話もある。ほかよりも安く売るためには店員が秒単位で働くことも重要だが、人件費圧縮は大きな課題。「人件費を低く抑えるためには給与が上がった古株の店員を辞めさせるのが手っ取り早い。サンドラッグストアでは30歳を過ぎると、辞めるように仕向けている」(中堅ドラッグストア経営者)というのだ。

 確かに、10年度の有価証券報告書から社員の平均給与を見ると、トップはマツモトキヨシで、平均年齢43・2歳で777万円。ツルハが43・8歳で684万円、スギ薬局が40・4歳で610万円。一方、サンドラッグは29・9歳で444万円である。平均年齢が異なるので給与は一概に比較できないが、目に付くのがサンドラッグの平均年齢の低さだ。初任給はマツモトキヨシやツルハとさほど変わらないだろうが、サンドラッグだけが平均年齢の低さが突出しているのはどういうことか。「32歳定年制」は言い過ぎかもしれないが、効率化、合理化の裏側は冷徹、非情さでもある。

 この件について、同社に取材を申し込んだが、「内容的に難しいので、対応できない」とのことだった。

 今、サンドラッグには才津氏の後を継いで合理的な経営を進められるだけの人材はいない。62歳の才津氏が社長を退いたら、サンドラッグは並みの大手ドラッグストアにすぎなくなる。

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