中長期型支援が促進するポスト3・11 地域医療の変容 ⑥
被災地でのキーワードは「人材の練度」に移りつつある。
負の事例として名前がまず挙がるのは福島県立医科大学副学長に就任した山下俊一氏。東京電力福島第一原子力発電所事故によって放射線被曝に関心が高まる中、何の交流もなかった長崎大学教授を呼んできた。
「決して人物を見たわけではありません。『肩書き』に注目しただけです。来てもらってから、力のな.いことが分かった。県立医大は戦略を誤り、その後修正もできなかった。今や山下氏は古巣の長崎大の中でも獅子身中の虫です」(発災直後から現地で支援を続ける医師)
福島県庁は昨年、メディアから相当たたかれた。恐らく初めての経験だったのではないか。南相馬市立総合病院も昨年末、全国紙によるじゅうたん爆撃のような攻撃を受けた。これも初体験に違いあるまい。
もはや「金の問題」ではない
南相馬で喫緊の課題といえば、やはり市立総合病院に尽きる。自律的に院長がものごとを決めていけるか。
被災地の外にいると、まだ「金の問題」に見えることがある。ならば、金があれば、被災3県は良くなるのか。東日本大震災発生から10カ月を経過し、見えてきたこと。東北地方の多くで人材が不足している。
無理もない。被災地の多くはもともと過疎が進んでいた地域。ある程度以上の人口がいなければ、人材は磨かれていかない。量が質を保証するという面はあるのだ。医師の人口密度と論文数に相関関係が見られることを想起してもらえばいい。
「復旧・復興はもはや金の問題じゃないと思います。人ですよ。悲しかったのは、被災地では中央から金が来たときに、何をやれるか、何.をやりたいかという発想がなかったこと。利権とつなぐこともできないので、結局県庁に投げてしまう。生きた金を使うには、固有名詞を知らなければならない」(同前)
現実を直視すれば、そう簡単な問題ではないことが分かる。例えば、こんな光景があった。南相馬市でのホールボディカウンター(WBC)による検診受診者がこのほど1万人を超えた。支援に当たっている医師がデータを公表するように勧めると、総合病院関係者が「市長に出していいか確認する」という。
「あなたたちの都合ではなく、あくまで市民に説明するのが筋。そうすれば、自然に広がりますよ」
12月までは市が病院を支配する構図が確かにあった。だが、じゅうたん爆撃以降は完全に手を挙げている状態。その状況で「発表に市長の許可がいる」という発想は責任のなすりつけといっていいだろう。
厳しいことをいう。市民をはじめ、病院、市長、県庁......みんな人のせいにしてはいないか。放射線被曝の専門的な知見を市長が持っているはずはない。少し考えれば、誰でも分かることだ。一番分かる人間が覚悟を決めて動かない限り、ものごとは前に進まない。腹をくくりさえすれば、具体的な戦術は多々ある。周りが助言することも可能だ。
ただし、それには「当事者」の存在が欠かせない。他者、とりわけ行政への依存は地域を駄目にする。
お分かりだろうか。事は被災地だけの問題ではない。この国のすみずみまで同じような問題が横たわっている。地域にはそれぞれの事情があるものの、どういうわけか依存体質だけは共通している。
震災を機にこの体質を克服しなければならない。楽ではないが、自分でやるしかないのだ。年末から年始にかけて、相馬市と南相馬市の置かれている環境にさまざまな違いが生じた。仏高級ブランドの日本法人「LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・ジャパン」が相馬市と共同で「LVMH子どもアート・メゾン(仮称)」を市内に建設すると発表。子供たちの心のケアと学力向上を目的とする施設だ。1月中旬から小・中学校でチームティーチングを行うための講師30人を臨時職員として採用。小中学校の教諭は本来は県職員。まさに市が県に代わるわけだ。
立谷秀清市長が昨年から訴え続けてきた「復興は教育」を地でいく施策。「自分でやる」意思の発露であろう。南相馬市との相違点だ。
その南相馬市にも動きがあった。1月1日、「シビックフォース」の大西健丞代表ら四人が亀田総合病院を訪問した。協力関係を相談するためだ。その中に南相馬への提案も含まれていた。
シビックフォースは大規模災害時に迅速な救援活動を行うことを目的とする。行政、企業、NPOが連携する民間団体だ。東日本大震災でも「情報」「人」「金」「物資」を活用し、被災地の支援に当たった。
民間で20機ほどの患者搬送用ヘリコプターを運用したい。大西氏はそう考えていた。現状のドクターヘリは装備過剰で運営に問題がある。そのため、高コスト体質が常態化している。普及も30機前後で止まっており、増える見込みはない。しかも、夜間の利用はできない。
シビックフォースの試算では行政が抱えるドクターヘリの20%程度の費用で運用は可能。南相馬の患者が困っているのなら、試験的に1年程度、総合病院に常駐させてもいい。費用はシビックフォースが負担する。そんな提案だった。
ただし、条件がある。総合病院が行政から独立し、素早い判断をできる状態にあること。いちいち役所にお伺いを立ててからの判断では困るという。シビックフォースはこれまでの経験の中で行政との共同作業に困り果てているようだった。
果たして金澤幸夫院長に権限を集中し、運営していくことは可能なのだろうか。時を同じくして市役所が手を引き、病院は自分の足で歩いていかなければならなくなった。
新しいステージを輝かしいものにするのは、当事者だ。いよいよこうした局面に南相馬市は突入しつつある。別の稿に記したように、総合病院は1月、亀田総合病院の研修協力施設として厚生労働省の認可を受けた。地域に研修施設がないことの不備は本誌も前号でお伝えした。
グローバルに開かれた福島
研修協力施設の認可も、シビックフォースの申し出も大きなチャンスだ。福島県立医大も総合病院に医師を派遣することを決めた。外から入ってくる仕組みといい意味での競合関係が生まれたといえる。地元としては「医大は何をしている」ともどかしい思いを抱いていただろう。
「アクティブではないが、リアクティブ。決してパッシブではない。福島県の人々を見ていると、そんな印象を持ちます」(同前)
東京大学大学院医学系研究科・渋谷健司教授チームの活動にも注目したい。国際保健学を専攻する学生たちがテーマに被災地を選んだ。彼らは卒業後、海外に出ていく。その際、被災地での経験はキャリアにつながる。福島県はグローバルに向けて開かれた数少ない場でもある。
2012年2月 8日 16:30 | 医療政策・病院・社会・行政


