中長期型支援が促進するポスト3.11地域医療の変容⑤
福島県南相馬市で仮設住宅での予防接種事業が進んでいる。その名も「Operation Nomaoi」。旧相馬藩に伝わる神事・祭りに由来する。
中心となっているのは南相馬市立総合病院内科の原澤慶太郎氏ら若手。亀田総合病院からも多くの医師が現地に入っている。
亀田の支援が始まって1カ月半。地元とのマッチングはまだこれからだが、ようやく落ち着きは見えてきた。ここであらためて持ち上がっているのが、福島県の不作為だ。
「地元の医師から県を問題視する声が公然と上がり始めています」(現地で支援を続ける医師)。
医師確保に新しい流れ
これまで被災地に入る医師は多くの場合、個人として行動してきた。4月以降、相馬・南相馬両市で診療を行い、ホールボディカウンターによる内部被曝の検査、健診、健康相談、除染にもかかわっている東京大学医科学研究所の坪倉正治氏。公立相馬総合病院で非常勤勤務を開始した岩本修一氏(都立墨東病院麻酔科後期研修医)らがその一例だ。一方、亀田総合病院はグループとして被災地医療機関支援を決めた。
これら二つに加え、もう一つ新しい常勤医の流れができつつある。契機となったのは立谷秀清・相馬市長の判断。自ら主導し、福島県立医科大学に寄附講座として「災害医療講座」を立ち上げようとしている。
「『この講座を介してなら、現地に行きたい』という医師が出てきました。被災者健康支援連絡協議会との違いは、マッチングに従わなくていいということです」(同前)
個人で行けば、すべて個人の実績だが、組織を介すれば、そうはいかないところもある。各自がどこまでリスクを取り、保険をかけられるかで選択は変わってくる。組織もあれば、個人もある。そんな幅が出てきたこと自体は喜ばしいのではないだろうか。
「福島県が媒介となるのなら嫌だが、立谷市長がやるのなら信頼できる。発災以降の実績が生きています。立谷氏は資金調達も含めて自分でやろうとしている」(同前)
被災地で求められているのは長期の支援。これまで何度も指摘してきた事実だ。現地での実践の中で長期派遣を阻む存在がまた一つ浮かび上がってきた。「臨床研修指定病院」をめぐる規制の一つである。
「福島県浜通り地区には300床以上の医療機関がない。つまり、現地の病院は臨床研修指定の資格を満たしていない。指定を受けられないと、若い医師を養成し、地元に根付
かせることができません。常に既成の人材を外から連れてこなければなりません」(医療制度研究者)
現地で支援を続ける医療機関の中には、地域の総合病院を2012年度の研修指定コースに入れようとする動きがある。現地に若手医師を送る以上、就職先を確保する必要があ
る。派遣先と派遣元がウイン─ウインの関係となるには必要な措置だろう。
「研修指定病院があるかどうかがこれほどまでに医師の確保に影響しているとは、平時には思いもしないことでした」(派遣元病院幹部)
確かに「研修指定病院」という制度そのものの功罪は別に議論する必要がある。そもそも指定病院がないことの背景には、震災前から推進されてきた「集約化」との因果関係が見て取れる。既成の人材を採らなければならない地域は制度によってつくられてきた面もあるのだ。
一つの例を挙げてみる。諏訪中央病院(長野県茅野市)では、100床程度の規模ながら、研修医を育てることで地域に人材を供給してきた。これはプロ野球における「養成枠」に近い。医師確保においてどちらが地元の要望に沿うているのか。
「300床という現状の規制は柔軟に見直した方がいい。相馬・南相馬市は臨床研修にふさわしくない場所なのか。少なくとも研修医にとっていい場所には違いない」(同前)
研修の場を適切かどうか判断する。誰がどこで決めればいいのかはなかなか難しい問題だ。ただ、研修コースに入れる判断はあってもいい。
研修医が回ってくるような形にしない限り、医師の養成は容易ではない。「医師不足だから研修医に来てほしい」と叫ぶだけでは、「外人戦力」に頼らざるを得ない構造に常にはまることになる。
亀田クラスの病院が医師派遣を決めたとしても、最後まで面倒を見ることにはならない。一定期間は派遣を受け入れ、その間に自力で立てる状態に持っていく必要がある。
震災前には予想もしなかったことだが、若手医師が被災地に行くことがうまくいけば、就職先としての魅力を全国に伝えることにつながる。それだけの可能性を被災地は十分に秘めているのだ。
前述したように相馬市は医師確保策を市が牽引している。南相馬市はどうか。ここで話は冒頭で紹介したオペレーションにつながる。
「市は何もしない方がいい。調整コストがそもそも無駄です。いろいろな在り方がある」(前出医師)
長期的には相馬・南相馬両市の「形」が変わる可能性もある。東京電力福島第一原子力発電所事故で南相馬市の人口が減っている以上、合併の論議は避けては通れまい。一方、相馬市にはホテルが創業し、飲食店が開店する「好況」が訪れている。
被災地が本当に研修医に来てほしいと考えるのであれば、地元が「300床」に見合う形をつくるという選択肢もある。一番の近道はやはり合併だ。公立相馬総合病院と南
相馬市立総合病院が一つになれば、基準を満たせる。だが、問題は残る。
「相馬市の医師に南相馬市に非常勤で来てもらえばいいという思考に陥ってはならない。これではじり貧です」(前出の医師)
地域特性を背景にしたきめ細やかな解決策をリアルタイムで出す必要がある。厚生労働省にはおよそ不可能な芸当が被災3県では求められる。
医学部新設論議は新局面に
医師養成に関しては、政界でも注目すべき動きが出てきた。12月に入り、森裕子・文部科学副大臣周辺が「医学部新設」構想を代弁する。
「医学部をつくる意欲は十分。新潟だけだと、利益誘導になるので、新潟に限らず医師が足りていない地域のすべてが念頭にある。医師を増やすだけでなく、競争する環境づくりが必要と考えているようです」
日本医師会が医学部新設をはじめ、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、混合診療などですべて「反対」に回ったことが効いてきている。農協と変わらぬ抵抗勢力と見なされかねない。失態といえるだろう。
日医と全国医学部長病院長会議ら慎重派、鈴木寛・前文科副大臣や黒岩祐治・神奈川県知事ら推進派による「医学部新設」をめぐる綱引きは新しい局面に入ろうとしている。
2012年1月12日 19:46 | 医療政策・病院・行政


