集中CONFIDENTIAL「医療周辺の真相×深層」の情報ページ

瀬戸際に立つLIが穿つ「岩盤」の硬さと脆さ ㊤

 なぎだ。水面はどこまでも穏やかに見える。だが、海底の青さや深さはまだ計り知れない。
 民主党政権が2010年6月に閣議決定し、12月に基本方針を打ち出した「新成長戦略」。「6つの戦略分野」として以下を掲げた。
①グリーンイノベーションによる環境・エネルギー大国戦略
②ライフイノベーション(以下、LI)による健康大国戦略
③アジア経済戦略
④観光立国・地域活性化戦略
⑤科学・技術立国戦略
⑥雇用・人材戦略
  「目の付けどころはなかなかいい。だが、実現可能性は別物」
 証券系シンクタンクのエコノミストの評は大方の見方と一致するところだろう。だが、とにもかくにも〈強みを活かす成長分野〉(「基本方針」より)の一つに医療・介護・健康関連産業を位置付けたのは確かだ。
 エコノミスト氏の見方とは別に焦燥感も色濃くなっている。
  「現在の日本にほかに何ができるんですか。可能性を模索するのも、やゆするのも結構だが、LIでこけたら、後は下っていくだけです」(厚生労働省法令キャリアOB)
 紆余曲折はあったものの、今年1月には内閣官房に「医療イノベーション(以下、MI)推進室」(室長:中村祐輔・東京大学医科学研究所教授)が発足。中村氏の目指すところと、現状の取り組みについては56ページからの「集中OPINION」を参照していただきたい。
 戦略と司令塔、資源といった重要な要素を欠く医療・介護・健康関連産業において推進室にかかる期待はどこまでも大きかった。ところが、3月11日。東日本大震災は社会の形を変えた。いや、今まで隠されてきた問題点をより鮮明に浮かび上がらせたのかもしれない。ここで話は冒頭に戻る。MIの周辺には風も波もまったく見えない。停滞の一語だ。例えば、11月も下旬近い時期にもかかわらず、厚労省健康局総務課がん対策推進室の鷲見学室長はLI関連の聞き取りに呼ばれている。その先に何かあるのか。はなはだ疑問だ。
 果たして先に挙げた厚労OBの言の通りに「日本沈没」となってしまうのか。反転攻勢の目はあるのか。医療界と政界双方の視点から可能性を探ってみることとしよう。
「創薬支援機構」は立ち往生
 まずはMIの中でも存在感を示している創薬部門。推進室医薬品ワーキングチームは12年度予算概算要求に際して「創薬支援機構」構想を打ち出した。大学や研究機関による基礎研究の成果を産業界に橋渡しし、製品化を促進させる機能を担う組織。
 新医薬品につながりそうな研究成果を集約し、候補物質を大規模かつ効率的に絞り込む。その上で製薬企業による開発へとつなげるわけだ。だが、その機構については次のような見方がもっぱらとなっている。
  「少なくとも機構については12年度予算ではまったく見込みはない。翌年度まで待てばいいということでもないようです」(WT関係者)
 震災の影響もやはり看過できない。
  「今まで描いていた設計図や戦術に固執する必要はない。ただ、MIがこれまで体系的な枠組みでとらえていたものの部分、部分に当たる要素が復旧・復興対策に盛り込まれました。このことによって、従来のMIの設計図にのっとった施策が実現しにくくなっている」(民間研究者)
 停滞の背景には前記のような事情がある。だが、これはあくまで表向きの話。一枚皮をめくってみると、相変わらずのていたらくがのぞく。
 MI本来の設計図にあった施策が震災対応を旨とする11年度補正予算にすぐ反映される。悪いことではない。だが、あまりにも素早い動きはどういうことか。前出研究者の指摘。
 「各省庁はMI関連の部署に官僚を出向させている。もちろん、彼らがMIを日本が進むべき道と思い定め、自らが責任を果たそうなんて考えてはいません。予算獲得や積年の課題を実現させることが真の目的。MIは格好の口実に使われていた。震災対応に勢いがあるとみれば、すぐに乗り換えるのは当然でしょう」
 これを旧来の縦割り行政と同様にとらえていいのかどうかは分からない。ただ、霞が関に「一緒に何かをやろう」という文化が乏しいことだけは如実に分かる事例ではないか。
 「あの橋は俺が架けた」
 キャリア官僚の心根はこの一言に集約できる。従来の予算以上に「立派な橋」を造ろうと思えば、より潤沢に予算がある場所へ出向く。MIもその一環にすぎなかったのか。
 復旧・復興向きの話としては11年度3次補正予算に東北大学における「複合メディカルバンク」や福島県での「創薬・医療機器開発拠点」が盛り込まれた。見方を変えれば、MIへの予算措置はこれらに取って変わられたのだ。一概に悪いとはいわない。だが、こうした発想とMIには根本的な差異を感じざるを得ない。
  「補正予算による復旧・復興は目的よりもまずカネを使うことが主眼。まずは雇用創出と地域経済再活性化です。何をするかよりも今使えるのか、そのためのお題目としてふさわしいかで選ばれている」(同前)
 例えば、健康モニタリングの基金をつくり、長期に分けて予算を消化。調査は途中から切り替えて2次予防で検診などを提供する。がんを発症した人に関してはある程度のエビデンスがあれば、治療費はすべて公的補助を出す──。そうしたより筋がよさそうな施策はほかにもある。だが、それではやはり駄目なのだろう。「今、ものをつくる」「今、ものを買う」ということでなければならない。矛盾だらけではある。
MIを利用した予算分捕り
 地元紙の記事によれば、福島県と福島県立医科大学は、総事業費約1000億円で330床を有する放射線医学県民健康管理センターなど5施設を、5年以内に新設しようと計画し
ていた。1000億円という数字の積算根拠はどう示すのか。
  「机上の空論でしょう。東京都内と比較しても、はるかに巨額」(東京都内の民間病院理事経験者)
 放射線治療装置(リニアック)購入の話もあった。機器メーカーと政策決定の「距離」はこの際置いておく。「福島県でがんになった被災者は最新のがん治療が受けられます」は確かに看板になるだろう。だが、リニアックにも寿命はあるのだ。
 「10年は持たない。5年を過ぎると駄目になっていく」(同前)
 つまり、補正でリニアックを数十台入れたとしても、震災がもとでがんになった患者には間に合わない。
 どう見ても従来型かそれよりも悪い予算の決定、執行ではないのか。国の予算が動くときには必ず根拠の怪しい数字が一人歩きする。そこに群がる人々が後を絶たない。
 独法化以前の旧国立がんセンターが今の中央病院を建設した際、平米当たりの単価が民間の約2倍程度に設定されていたことはよく知られている。建設を担当した佐藤工業と厚労省の間にあった関係とまったく同じ図式が震災後にも健在だった。
 被災地を元気づけるはずの予算がめぐりめぐって東京のゼネコンに還流している疑いは濃厚。地域住民の健康はないがしろにされたままだ。
 「政策を牽引するふりをしながら、利権を牽引する企業はどこの業界にもある。東電がそうでしたし、ゼネコンでも顕著。製薬? いうまでもないでしょう」(民主党関係者)
 話をMIに戻そう。復旧・復興政策の一部にはMI構想の一部が含まれている。地域のために生きたカネとして使われ、MI推進にもつながるよう、予算執行について監視が必要だろう。それを誰がどのように行うのか。政権は明示する必要がある。
 「予算を取る上でMIの設計図の一部を利用したのなら、設計図の著作権者には報告義務があるはず。予算さえ取れれば、設計図も捨ててしまうような姿勢はどうか」(同前)
 ここでそもそも論を振り返ってみよう。なぜMIだったのだろうか。
 「医療費を狭義の公的負担だけで考えていては必ずパンクします。医療の水準は向上するし、患者は増えていく。国民皆保険制度下で抑えることは難しい。医療費の支出を貿易収支や特許収入のような形で補いながら、質を高めていく。中村先生の考え方はその点で正しい。在るべき姿はどういうものなのか。関係省庁は真剣に描く必要があるでしょう」(前出の理事経験者)
 このままでは、LIがぎりぎりのところで頓挫し、米国型の自由診療の方向に一気に振れかねない。民主党政権の政策決定はそれほど危うい。
 必要なのはやはり「政策科学」だろう。その上で中央省庁の官僚と互角にやり合えるような政策集団を党として持たなければならない。
 「民主党はあるときは官僚の言いなり、そしてまたあるときは荒唐無稽なオリジナル案。MIもその典型例で命脈が尽きていってしまう可能性は少なくない」(前出の研究者)。
政治案件としての色づけ次第
 推進室には今のところ、MIの司令塔として十分な予算や人事をはじめとする権限が与えられていない。官房副長官が中村氏の進言にその都度重きをおくかどうかにかかっている。現在であれば、古川元久氏の思惑や政治の動向に左右される。
  「政治案件としての色づけ次第。色が強ければ採用されるし、引っ込められることもある」(同前)
 政権の医療政策を左右している一部の有力者、例えば仙谷由人氏が政治家としての器量を示せるかどうか。色合いはこの一点で決まってくる。
 政権中枢は医療だけを見ているわけではもちろんない。ほかの土俵でもけんかしている。「重要政策」はその場その場で変わってくる。09年9月の政権交代以降、一向に収まらないどたばたぶりにも通じる話だ。
 民主党内が一枚岩でないことは周知の事実。にもかかわらず、医療政策は仙谷系が優位を保っている。仙谷氏に近い足立信也・税調副会長とは「口も利かない仲」(前出理事経験者)の桜井充・政調会長代理は医療政策からは遠ざけられている。
 日本医師会は桜井氏と親密で足立氏とは距離がある。桜井氏が小沢一郎元代表系かどうかは微妙。だが、仙谷氏に比べれば、はるかに小沢氏寄りと見て間違いあるまい。
 「民主党内で仙谷─足立ラインと桜井氏の間には常に亀裂がある。困ったものです。もっとも、自民党も似たようなもの。成仏し切れていない旧厚労族議員が次の選挙で息を吹き返す可能性もある」(同前)
 政権内の力関係がMI推進に影を落とすことは今後もあり得る。次号では創薬以外の分野の状況を追いながら、問題をさらに掘り下げる。

 

2011年12月14日 19:25 | 医療政策・厚生労働省・政治・行政

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