中長期型支援が促進するポスト3・11地域医療の変容 ②
医療界の関心は2012年度診療報酬・介護報酬同時改定に向かいつつある。前回、10年改定は10年ぶりのプラス改定。政権交代がもたらした功績の一つだ。それを可能にしたのは、中央社会保険医療協議会(中医協)委員の人事だった。思い切った人事こそ政権が発し得るメッセージの一つだ。
ならば、である。中医協人事にも現在の世相を反映した意図を組み込めないのか。今、最大の政策課題とは言うまでもなく東日本大震災からの復旧・復興である。この難局で存分に力を振るえる人材を登用できれば、それだけで政権の看板だ。
なおも続く浜通り地区の苦境」
福島県浜通り地区の民間医療機関の苦境についてはすでに何度か取り上げてきた。現地では依然として予断を許さない状況が続いている。
各病院は事務職員を解雇。雇用保険の失業給付を受けさせることでしのいできた。大町病院では医師の給与を75%減額。だが、こうした施策も失業給付が出ていたからだ。
失業給付は雇用保険の加入期間年齢に応じ、離職前の賃金日額の50~80%を90~330日間給付する仕組み。被災者に関して厚生労働省は失業給付の条件を大幅に緩和し、対応
してきた。5月にも被災3県では特例措置として延長。9月には再延長を決めたが、先行きは不透明だ。
給付が途切れれば、病院の雇用をつなぎ止めておくものはない。最悪の場合、民間病院の倒産につながる。
被災者の健康管理はどうか。RHC JAPANが9月15日、現地に入った。母乳・尿検査の支援事業を開始。テレビをはじめ、大メディアがこぞって取り上げた。南相馬市民と原発30㌔圏内の住民に関しては東京電力が検査費用を補填する。
そんな中、明らかになりつつあるのは、福島県庁まで届いている予算がこれらの現場にまったく下りてこない事実だ。この間、県がしたことといえば、御用学者右代表ともいえる山下俊一氏を福島県立医科大学副学長に迎え、「広告塔」とした程度。
「県は何をしているのか」──そんな声が被災者の間では強くなってきている。すでに議論は「県不要論」にまでつながりそうな気配だ。
報じられているように、福島県立医大は主要大手予備校のデータによれば、入学難易度を大きく下げた。
臨床研修医の枠についても福島県は増員すら求めていない。宮城・岩手両県の姿勢とはまったく異なる。
年度替わりの3月には若手医師が一斉に退職するとみられる。前述の浜通りでは約半数の医師がすでに現地を去っている。このまま手をこまねいていていいのだろうか。
冒頭の診療報酬の話に戻る。被災地に限った診療報酬増に反対しているのは誰なのか。同じ顔をした面々が政府与党に「補助金」をおねだりしてはいないのだろうか。
抵抗勢力の思惑とは裏腹に永田町では「増」が既定路線化しつつある。
大塚耕平・前厚労副大臣は在任中、「増やす」と明言。
9月中旬の自民党厚労部会には厚労省医政局をはじめ、文部科学省など関係機関の実務者が出席した。
「増やすんだろう」と言い寄る自民党議員の迫力を前に厚労官僚はうなずくしかなかった。
「ここに来て被災地支援が二極化しつつある。アリバイづくりのための行為なのか、現地にどっぷり入るのか。中には前者の現地入りが被災者に断られる事例も出てきました」(現地で支援を続ける医師)
どこを向いて仕事をしているか。要はその一点に尽きる問題だ。
「飛びっきり」の人材が必要」
鍵を握るのは相馬市だろう。医師でもある立谷秀清市長の知名度は今や全国区だ。同市ではすでに景気が改善軌道に乗っている。人口は震災前の3万5000人から5万人に増加。周辺の南相馬市や双葉郡から住民が避難してきている。賃貸マンションの家賃も上昇。今や空き物件を探すのが大変なほどだ。
「ただ、避難民は住民票を地元に残している。補償の問題があるからです。とはいえ、復興モードに入っていることは間違いない」(同前)
相馬市で課題となっているのは教育の立て直しだ。学校と病院がない限り、地域の復興はない。働き盛り世代が子供を抱えて移住するには二つの要素は欠かすことができない。
相馬市は医療の復興をすでに終えた。鈴木寛・民主党政調副会長も現地入りしている。一つでもいい。成功例が出れば、必ず周囲に広がる。
一方の南相馬市は対照的だ。医療は壊滅。除染が急務だが、政府から福島県に来ている予算がまったく回っていない。そんな中、市立総合病院が地元復興のシンボルとなった。
「南相馬市の民間病院はおそらくいったんすべて倒産します。それに伴い、夜間小児科医がいなくなる」(国立大学教授)
南相馬市の将来について予測することは極めて困難だ。
「一度、無医村に近い状態になる可能性もある」(同前)
市立総合病院は「働けど働けど黒字に転じない」状態。医師がいないため、事務職員らの人件費が固定費でのしかかってきている。特に福島県立医大からの出向が途絶えて以降、非常勤医がいなくなったのが痛い。
「発災間もない3月はともかく、さすがにもう来られるでしょう。福島県庁のメンタリティーは厚労省医系技官に似ている。自分たちが統一して行動させなければいけないと思い込んでいるんです」(同前)
神戸市のある病院が南相馬市立総合病院に「甲状腺の診断で協力する」「講演会に行きたい」と申し入れた。福島県はこれにかみついた。
「南相馬市は勝手なことをしてもらっては困る。県で統一してやりたいと思っているところだ」
そう言ってのけた。山下副学長は日本甲状腺学会の幹部でもある。神戸サイドは顔を立てて断ってきた。
「これまでは県がうそをついても通ってきたんでしょう。環境の激変に行政が対応できていない」(同前)
言うまでもないことだが、日本は自由主義を旨とする国家だ。統制主義・社会主義ではない。県に統制する権利はない。ちょうど厚労省が全国を「統治」するのと入れ子の構造になっている。異様な姿が震災という事態を通じてあらわになった。
「南相馬市で必要とされているのは単なる人材ではなく、飛びっきりの人材。行政と議会、自治体間、住民間とさまざまな関係性が錯綜している。医師会から交代で派遣される医師が必要ないとはいいませんが、必要な人材とはいえない」(同前)
すでに成功事例は出始めている。意欲のあるつわものが東を目指す傾向も生まれてくるかもしれない。
次号からは現地の情勢と合わせ、そんな事例も紹介していきたい。
ならば、である。中医協人事にも現在の世相を反映した意図を組み込めないのか。今、最大の政策課題とは言うまでもなく東日本大震災からの復旧・復興である。この難局で存分に力を振るえる人材を登用できれば、それだけで政権の看板だ。
なおも続く浜通り地区の苦境」
福島県浜通り地区の民間医療機関の苦境についてはすでに何度か取り上げてきた。現地では依然として予断を許さない状況が続いている。
各病院は事務職員を解雇。雇用保険の失業給付を受けさせることでしのいできた。大町病院では医師の給与を75%減額。だが、こうした施策も失業給付が出ていたからだ。
失業給付は雇用保険の加入期間年齢に応じ、離職前の賃金日額の50~80%を90~330日間給付する仕組み。被災者に関して厚生労働省は失業給付の条件を大幅に緩和し、対応
してきた。5月にも被災3県では特例措置として延長。9月には再延長を決めたが、先行きは不透明だ。
給付が途切れれば、病院の雇用をつなぎ止めておくものはない。最悪の場合、民間病院の倒産につながる。
被災者の健康管理はどうか。RHC JAPANが9月15日、現地に入った。母乳・尿検査の支援事業を開始。テレビをはじめ、大メディアがこぞって取り上げた。南相馬市民と原発30㌔圏内の住民に関しては東京電力が検査費用を補填する。
そんな中、明らかになりつつあるのは、福島県庁まで届いている予算がこれらの現場にまったく下りてこない事実だ。この間、県がしたことといえば、御用学者右代表ともいえる山下俊一氏を福島県立医科大学副学長に迎え、「広告塔」とした程度。
「県は何をしているのか」──そんな声が被災者の間では強くなってきている。すでに議論は「県不要論」にまでつながりそうな気配だ。
報じられているように、福島県立医大は主要大手予備校のデータによれば、入学難易度を大きく下げた。
臨床研修医の枠についても福島県は増員すら求めていない。宮城・岩手両県の姿勢とはまったく異なる。
年度替わりの3月には若手医師が一斉に退職するとみられる。前述の浜通りでは約半数の医師がすでに現地を去っている。このまま手をこまねいていていいのだろうか。
冒頭の診療報酬の話に戻る。被災地に限った診療報酬増に反対しているのは誰なのか。同じ顔をした面々が政府与党に「補助金」をおねだりしてはいないのだろうか。
抵抗勢力の思惑とは裏腹に永田町では「増」が既定路線化しつつある。
大塚耕平・前厚労副大臣は在任中、「増やす」と明言。
9月中旬の自民党厚労部会には厚労省医政局をはじめ、文部科学省など関係機関の実務者が出席した。
「増やすんだろう」と言い寄る自民党議員の迫力を前に厚労官僚はうなずくしかなかった。
「ここに来て被災地支援が二極化しつつある。アリバイづくりのための行為なのか、現地にどっぷり入るのか。中には前者の現地入りが被災者に断られる事例も出てきました」(現地で支援を続ける医師)
どこを向いて仕事をしているか。要はその一点に尽きる問題だ。
「飛びっきり」の人材が必要」
鍵を握るのは相馬市だろう。医師でもある立谷秀清市長の知名度は今や全国区だ。同市ではすでに景気が改善軌道に乗っている。人口は震災前の3万5000人から5万人に増加。周辺の南相馬市や双葉郡から住民が避難してきている。賃貸マンションの家賃も上昇。今や空き物件を探すのが大変なほどだ。
「ただ、避難民は住民票を地元に残している。補償の問題があるからです。とはいえ、復興モードに入っていることは間違いない」(同前)
相馬市で課題となっているのは教育の立て直しだ。学校と病院がない限り、地域の復興はない。働き盛り世代が子供を抱えて移住するには二つの要素は欠かすことができない。
相馬市は医療の復興をすでに終えた。鈴木寛・民主党政調副会長も現地入りしている。一つでもいい。成功例が出れば、必ず周囲に広がる。
一方の南相馬市は対照的だ。医療は壊滅。除染が急務だが、政府から福島県に来ている予算がまったく回っていない。そんな中、市立総合病院が地元復興のシンボルとなった。
「南相馬市の民間病院はおそらくいったんすべて倒産します。それに伴い、夜間小児科医がいなくなる」(国立大学教授)
南相馬市の将来について予測することは極めて困難だ。
「一度、無医村に近い状態になる可能性もある」(同前)
市立総合病院は「働けど働けど黒字に転じない」状態。医師がいないため、事務職員らの人件費が固定費でのしかかってきている。特に福島県立医大からの出向が途絶えて以降、非常勤医がいなくなったのが痛い。
「発災間もない3月はともかく、さすがにもう来られるでしょう。福島県庁のメンタリティーは厚労省医系技官に似ている。自分たちが統一して行動させなければいけないと思い込んでいるんです」(同前)
神戸市のある病院が南相馬市立総合病院に「甲状腺の診断で協力する」「講演会に行きたい」と申し入れた。福島県はこれにかみついた。
「南相馬市は勝手なことをしてもらっては困る。県で統一してやりたいと思っているところだ」
そう言ってのけた。山下副学長は日本甲状腺学会の幹部でもある。神戸サイドは顔を立てて断ってきた。
「これまでは県がうそをついても通ってきたんでしょう。環境の激変に行政が対応できていない」(同前)
言うまでもないことだが、日本は自由主義を旨とする国家だ。統制主義・社会主義ではない。県に統制する権利はない。ちょうど厚労省が全国を「統治」するのと入れ子の構造になっている。異様な姿が震災という事態を通じてあらわになった。
「南相馬市で必要とされているのは単なる人材ではなく、飛びっきりの人材。行政と議会、自治体間、住民間とさまざまな関係性が錯綜している。医師会から交代で派遣される医師が必要ないとはいいませんが、必要な人材とはいえない」(同前)
すでに成功事例は出始めている。意欲のあるつわものが東を目指す傾向も生まれてくるかもしれない。
次号からは現地の情勢と合わせ、そんな事例も紹介していきたい。
2011年10月 1日 20:42 | 医療・医療政策・厚生労働省・政治・病院


