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自立・分散・協調のポスト「3・11」体制構築を阻む壁

  「Life goes on」。それでも人生(生活)は続いていく。東日本大震災という文字通り歴史に残る出来事を通過しながら、この国、この社会はいかに生まれ変われるのか。震災以前から続いてきた医学部新設の動きを軸に見ていこう。
 本誌がすでに指摘している通り、年来の課題と解決のベクトルに大きな変更はない。震災を踏まえ医療をはじめ社会保障制度を柱に「効率.至上主義」からの脱却を図る。成熟国家として製造業中心とは一線を画した成長路線を模索する。現在、基本的な政策の潮流はここにある。
 医学部新設をはじめ政府与党が進める新成長戦略や「税と社会保障の一体改革」、2012年の介護・診療報酬同時改定などの個別課題は前述の観点からとらえ直すことはあっても、消滅するものではない。発想の転換が必要だ。
日医の狙いは「所得補償」か
 5月13日にもその端緒は見られた。文部科学省の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」(座長=安西祐一郎・慶應義塾学事顧問)。この日は矢野右人・長崎県病院企業団企業長と小川彰・全国医学部長病院長会議(AJMC)顧問、上昌広・東京大学医科学研究所特任教授の3人が出席。ヒアリングが行われ、活発な意見が交換された。
 あらためて浮かび上がったのは、AJMCや日本医師会の医学部定員増への慎重姿勢だった。特に日医の特異な価値観は注目に値する。
 検討会委員を務める中川俊男・日医副会長はこう明言した。
 「歯学部のように過剰になって、定員割れになったり、質が下がったりしたらどうするのか」
 中川氏は何を危惧しているのだろうか。
 「中川氏の本音は『歯科の轍は踏みたくない』に尽きます。はっきり言えば、収入減が気になってしょうがないのでしょう」(出席者の一人)
 中川氏の意図をくんだのか、安西座長や発言者の一人、竹中登一・アステラス製薬会長らは「あきれモード」。中川氏が言うような技術的な低下に根拠は乏しい。むしろ、歯科で明確なのは所得の低下だ。
 あらゆる職種の中で「失業率0%」のものなどあるはずがない。医師・歯科医師も同じことだ。中川氏もこのことはよくご存じだろう。
 一方で東北大学病院の里見進院長らを中心に被災地の医療を集約化する議論が進んでいる。だが、福島県をはじめ、被災地の医療提供体制をつぶさに見ていくと、ややずれた印象を禁じ得ない。
 「がんや産科を中心に集約化できるものはすでにしています。集約化にそぐわない診療科や病気もある。その代表例が脳卒中や心筋梗塞です」(被災地で支援に当たった医師)
 その証左が5月14日に起きた東京電力福島第一原子力発電所男性職員の死亡問題だ。体調不良を訴えてから病院に到着するまで2時間を要している。心筋梗塞の搬送としては異例だ。しかも、政府が全力を挙げているであろう原発事故現場での発症。対応の遅れに事の重大さは明らかではないか。
 「東北地方は広い。震災であらためて思い知った」(同前)
 福島県は120㌔四方。徳島県の60㌔四方と比べると規模の違いは明らかだ。救急医療は集約というより、各地に拠点が必要。これが地政学によって導き出される解答だ。
 そろそろ集約化の議論からは離れ、計画的に「ピーク需要」を考慮しなければならない。「無駄」ではあるが、地域の特性上やむを得ない。
 救急医療の集約化と同時に「魅力ある病院づくりによる医師確保」も語られている。だが、残念ながら、宮城・岩手・福島3県の医師の分布は満遍なく少ない。果たして本当に有効な策はあるのだろうか。
 前記の検討会は6月に中間報告を出し、年度末には最終的な取りまとめを行うはずだ。政権内部では今やこんな声も聞かれ始めた。
 「日医に対しては『所得補償』を持ち掛けるしかないんじゃないか」
 民主党が09年衆院選マニフェストに記した「農家の個別所得補償」と同様に、「医師の所得補償」が必要。日医の医学部定員増への抵抗は思いも寄らない展開を見せ始めた。
 予算としては大した額ではない。1人当たり年間100万円を補償するとしよう。申し込む医師が10万人いれば、1000億円。日医は国民にどう説明するのだろうか。
 別の流れもある。震災直前の3月8日、医学部新設に手を挙げた仙台厚生病院の目黒泰一郎理事長と、被災地の首長の中でも傑出した手腕を持つ立谷秀清・相馬市長が今後、つながる可能性だ。仙台と相馬は直線にして50㌔も離れていない。県境を超えたつながりを持てる。
 既存の医療機関や外国人を活用し、引き抜きを最小にするといった手段を講じれば、現実味を帯びてくる。これも一つの復興案だ。
桜井・岡本両氏が強硬に反対
 中央の動きに目を転じてみよう。相変わらず音なしの細川律夫・厚生労働相。こと医学部新設に限れば、桜井充・財務副大臣と岡本充功・厚労政務官が強硬な反対派。今や日医の走狗と化した感さえある。
 菅直人内閣は浜岡原発をめぐる「英断」で一息ついた。内閣改造の可能性が高まってくる。
 「桜井氏は参院当選2回で珍しい無役でした。財務はどんな政治家を送り込もうが、実務は官僚が握る。影響のない安全パイとして充てたにもかかわらず、彼に引きずり回されている。改造ではポストを外れるとみられます」(民主党ウォッチャー)
 桜井氏の持論は「宮城にだけ医学部が必要」らしい。岡本氏は「自分が政務三役の間は医学部定員増は絶対に認めない」と口にしている。
 「岡本氏は政治家としてモーターにはなりませんが、サイドブレーキは引ける存在です」(同前)
 震災対応でも存在感を見せているとは言いがたい。改造での両氏の処遇は非常に注目されるところだ。
 厚労省内部も穏やかではない。旧厚生省出身の事務次官は現職の阿曽沼慎司事務次官で4代目。「次」は旧労働省出身者と見られている。
 仙谷由人・官房副長官に心酔しているといわれた大谷泰夫医政局長。だが、大谷氏が次官のいすを狙う「次の次」のころ、民主党政権が続いている可能性は極めて低い。政権が再度交代するか、再編が起こるか。いずれにしても、今の枠組みは持つまい。政府内で官僚のサボタージュが生じる蓋然性が高まってきた。
 民主党政権の医療政策をめぐって現状を一言でいえば、「権力の真空状態」。主役は不在。政権交代直後、仙谷氏や鈴木寛・文科副大臣、足立信也・前厚労政務官が先導していた当時とは様変わりしている。
 日医と政権との関係を見てみる。最も先鋭的に対立しているのは足立氏。仙谷氏や鈴木氏が続く。桜井・岡本両氏とは対照的だ。
 「桜井・岡本両氏は政治力の点で一枚劣る。安住淳・国対委員長や三井辨雄・国土交通副大臣ら実力者は地元に新設医学部を引き込もうと必死です。ここまで話が来れば確実。非力な桜井・岡本両氏がポストを得たのは参院選敗北の影響が色濃く出ているからです」(同前)
 新設大学(学部)は政治家にとって「3代は語り継げる」威光。つくってしまえば、向こう5期の当選は約束されたものともいわれる。
 こうした権力構造の中で震災復興に向けた議論が続いていく。あらゆる資源を東北地方に投入する必要がある。介護・診療報酬の改定見送りなど考えられない。「被災地枠」の設定についても煮詰まってきた。大塚耕平・厚労副大臣や梅村聡・民主党副幹事長も相次いで言及した。
 ここに来て急速に存在感を高めているのが大塚氏。党内人脈としては鈴木氏や松井孝治・参院内閣委員長らに近い。医療政策の知恵を大塚氏に授けるのは誰なのだろうか。
 改造が現実のものとなれば、梅村氏には次期政務官の期待もかかる。震災対応でも地道に汗をかき、評価を着実に上げてきた。
黒岩氏と内田氏を結ぶ糸
 医学部新設以外の施策についても検討の余地はある。例えば、自治医科大学の定員倍増論である。現在の各都道府県の定員枠(2~3人)を5~6人にまで増やす。
 「その上で自治医大の分校を福島や岩手につくればいい。既存の医療機関を買収すれば、現実的な対応が可能です」(医療政策研究者)
 都道府県知事の実力が問われる局面だ。岩手県の達増拓也知事は衆議院議員時代、民主党・小沢一郎元代表の側近として知られた。人口133万人の岩手では既存の岩手医科大学を強化する形で対応することになるのではないか。
 知事主導で医学部新設が進むのであれば、新潟や神奈川は有力だ。泉田裕彦・新潟県知事は当初から中長期を視野に入れて被災地から避難民を受け入れてきた。
 黒岩祐治・神奈川県知事は就任早々から西部の医師不足に取り組む姿勢を見せた。神奈川県立保健福祉大学を県立循環器呼吸器病センターや県立がんセンターと組織統合すれば、コストをほとんどかけずに新設は可能だ。
 黒岩知事をめぐってはもう一つ注目すべき事態が進行中。5月10日の定例記者会見で黒岩氏は本誌の質問に答え、「知恵袋会議」の専門家・県民メンバーの人選が佳境に入っていると明言した。この会議は選挙戦で知事が訴えた目玉政策の一つ。県政のかじ取りで重要な意味を持つ。
 メンバー候補として6月初旬の発表を前提に内田健夫・前日医常任理事の名前が水面下で上がっている。自民党の菅義偉衆議院議員の支援を得たものの、仙谷氏ら民主党議員とも近い黒岩氏。選挙戦では「アンチ日医」の立場を明確にしてきた。
 「黒岩氏のスタンスを考えれば、内田氏はうってつけです。現日医執行部と一線を画し、神奈川県の医療界とネットワークを持っている。菅氏は松沢成文前知事時代の参与だったことを理由に抵抗しています。県連で影響力を強めたい菅氏は真剣です」(黒岩氏に近い医療関係者)
 一方、新成長戦略も被災地で生まれ変わりつつある。ゲノムは身元不明者の遺体同定に活用される。
 詳細な被曝情報の価値は計り知れない。情報を持つのは誰なのか。行政は従来型の動きを繰り返している。文科省は県に指示を出し、県は広島大と長崎大で進める意向。
 だが、本来は違う。地域の病院や診療所がカバーすべきものだ。市町村の検診事業の一環であり、アドバイザーとして長崎大や広島大が入るべきだろう。情報は市民が持つ。新成長戦略の行方についてはいずれ稿を改めて詳報することとしたい。


震災直後の宮城県の様子

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2011年6月 1日 10:00 | 医療・医療政策・厚生労働省・政治・病院・行政

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