民主党初の「自前」11年度予算に浮かぶ桎梏
「千葉県および安房の医療の現状と今後の緊急課題について」と題する説明会が催された1月31日。会場には地元メディアのみならず、本誌を含め東京都心からも20人ほどの取材陣が駆けつけた。医療の危機が叫ばれること自体、残念ながらもはや珍しいことではない。
この説明会が耳目を引き付けたのは亀田総合病院(千葉県鴨川市)の主催だったからにほかならない。亀田信介院長が病院と地域の危機的状況を語り、小松秀樹・同副院長が「現状認識」と「論点」を提示した。
前者は千葉県南部の安房医療圏にあって地域の行政や経済界も巻き込んだ「町づくり」を進めるリーダ-。後者は「立ち去り型サボタージュ」をはじめ、医療が抱える問題点と対峙し続ける理論的支柱である。
亀田総合病院は「民」のキャッシュフローを生かし、病院経営を前進させる事例として注目を集めてきた。
「『亀田でさえ困難なのか』という衝撃は計り知れない」(千葉県内の公立病院長経験者)
現状認識として、①首都圏での医療需要増加②東京に近い千葉の二次医療圏での医療需要増③千葉の実働病床数が基準より少ない可能性④千葉の医師数・看護師数・病床数は全国最低⑤千葉の医療サービス供給量不足の可能性、の5点を指摘。
その上で次の論点を挙げた。
①医療計画は病床抑制ツール
②将来の社会不安への対応
③医療サービス供給を合理化するための対応
④基準病床数廃止と維持の条件
⑤負担増がないのなら、何をあきらめるのかの議論が必要
⑥信頼できる将来予測に基づいて医療従事者の確保を図る
⑦大きくなれる病院を大きく
⑧二次医療圏設定に無理がある
⑨実際の現場を担う専門家の意見と負担を負う受益者を重視する
⑩全国一律のルールではこの問題に対応できない
さらに「行政へのお願い」として「二次医療圏での流入数・流出数」を初めとする「実数」や「算出方法」などの開示を求めている。
論点はいずれも実行するとすれば相当な議論を呼ぶものばかり。積年の課題が列挙されたといえる。
省庁の存在が阻害要因
注意深く読めば分かるように、いずれも中央省庁が医療に関与すること自体が阻害要因になっていることの確認。政策立案の大前提であるべき実数調査やその根拠の提示すら怠ってきた厚生労働省の「実績」をあらためて問うた。さらには2010年度の診療報酬改定以降、医療を含む社会保障政策重視へと明確な政策転換を図り切れていない民主党政権への注文の意味もあるだろう。
統一地方選挙を通じ、政治がどこまでこの危機に対応できるか。引き続き監視を続けていく必要がある。
1月24日、通常国会が開幕した。本来であれば、冒頭は予算審議に集中すべきところだ。だが、自民党政権時代は予算委員会は醜聞暴露合戦に明け暮れていた観がある。今国会も「政治とカネ」問題に端を発した政局含みの展開が続いている。
11年度予算は民主党が政権を獲得し、初めて「自前」で仕上げるものだ。果たしてそこに野党時代から志向してきた諸政策は生かされているのか。医療分野を中心に予算の「読み方」を再検討してみる。
推進室の権限拡大が鍵
「成長・雇用を重視し新成長戦略を着実に実施」―政府は11年度予算のポイントをそうぶち上げる。厚労省は「健康長寿社会実現のためのライフイノベーション(LI)プロジェクト」として131億円を計上。政権の目玉政策としてはこの数字だけでは物足りないのも事実だ。厚労省キャリア官僚OBが解説する。
「1月7日に内閣府に発足した医療イノベーション推進室(室長:中村祐輔・東京大学医科学研究所教授)にどこまで権限を持たせるかが鍵。その上で、厚労・経済産業・文部科学の3省にまたがっている関連予算をいかに召し上げるか、です」
LIが果たして新成長戦略として適切かの議論もある。だが、専門家の目は切迫した実状を見ている。
「LIでいいのかというより、それに賭けるしかない。新興国の台頭もあり、従来の製造業で日本が存在感を示すのは難しい。現状維持では沈むだけ。ただそれを待つのか、医療・健康関連分野に特化して浮上を試みるのか。その二者択一です」(外資系製薬企業幹部社員)
そこで重要なのはやはり人事。資金面では限界がある以上、限られた人材を有効に使っていく必要がある。
「推進室に先端技術が分かって予算配分ができる人間を置くことです。理想をいえば、研究分野で経験を積んで頂点を極めてはいなくとも現状を分かっている人材を、政策決定・予算配分の司令塔に環流させたいところ」(前出の製薬企業幹部)
厚労省予算を見る上で一つの「基本」がある。あまりに膨大な「社会保障費」とそれ以外を峻別することだ。11年度の厚労一般予算27兆5561億円のうち、社会保障関係費は実に27兆793億円に及ぶ。
「大半は年金や医療保険などに使われる恒常的な支出が占める。ここに手を付けることは事実上無理でしょう」(前出の厚労省OB)
そこで着目したいのが「科学技術振興費」。11年度で1125億円。
「ここの配分は完全なブラックボックス。つかみ金で渡して担当官が裁量で回す。こうした費用も推進室に入れ、決定の過程をガラス張りにしないといけない。後で検証できる仕組みが必要でしょう」(同前)
米国ではすでにLIを国家プロジェクトとして推進している。バラク・オバマ大統領が任命した国立衛生研究所(NIH)長官、フランシス・コリンズ氏には相当な権限が与えられ、徐々に効果を見せ始めた。
推進室の設置でひとまず端緒にはついた。後はこの流れをどこまで強いものにできるかだ。霞が関の抵抗が当然予想される。医療界世論の後押しも必要になってくるだろう。
厚労関連分野を俯瞰してみると、細かい費目が目に付く。例えば、「地域医療確保推進事業」の19億円。地域医療支援センターの整備に5.5億円、医師不足地域における臨床研修の充実に10億円、チーム医療の総合的な推進に3.6億円―。
「地域医療支援センター整備費用は47都道府県で割ると、1自治体当たり1000万円。これで何ができるのでしょうか」(国立大教授)
ほかにもある。「大腸がん検診推進事業」に41億円。検診の妥当性・有効性の検討は不可欠だ。検診業者にただ流れていくだけだろう。
「医薬品・医療機器の安全推進等」には92億円が充てられる。安全対策の推進と称し、「大臣直属の医薬品監視・評価委員会議」を設置するのに13億円をかけるという。
「委員の選定で厚労官僚が学会に恩を売りたいだけ。薬害防止には直接の効果はありません」(同前)
財源不足で配分の額自体は乏しくなる一方、省庁の裁量だけは肥大化していく。不健全な傾向だ。
「より本質的な議論を活性化すべき。例えば、10年度補正予算で手当てした子宮頸がん、Hib、小児用肺炎球菌のワクチン。恒常的な予算とするのが当然です。予防接種法を改正し、法定接種をさらに増やす必要がある」(同前)
足立信也・前厚労政務官は昨年、本誌のインタビューで「改正の議論は11年通常国会で」と明言した。政局のあおりでまたも時機を逸するなことはよもやあるまい。
民主党政権「変質」の背景
予算総体に政権交代の意義はどこまであるといえるだろうか。
「官僚が積み上げて一律にマイナス。これでは自民党政権と何ら変わらない。まだ10年度予算の方が政治主導を発揮していた」(同前)
民主党で00年から05年まで衆議院議員を務めた医師・水島広子氏に政権「変質」の背景を聞いた。
「09年衆院選マニフェストから民主党の政策は大きく転換しました。例えば、子ども手当の額は約2倍、課税対象からも外された。選挙対策という面もありますが、有権者の政治・行政不信の影響も大きい。現金給付を優先するだけでは政治なのか金融なのか分かりません」
与謝野馨・経済財政担当相による社会保障と税の一体改革は05年マニフェストへの回帰と指摘する専門家もいる。バラマキとは一線を画した路線の修正に期待したい。
成熟経済下の「成長」をとらえた社会像の構築も必要だろう。政治が将来像を示し、体系的な政策を打っていくためには政権の安定は欠かせない。だが、菅直人内閣に向けられた世論の視線は厳しい。
「政権交代は怒りで起きた面がある。その怒りが今度は民主党に向けられているのが現状」(水島氏)
政権迷走の原因は何か。議員時代、菅氏の間近で活動した経験を持つ水島氏は意外な指摘をした。
「菅さんは旧世代のシャイな男性。言葉足らずの面がある。官邸に有能な広報官を置いた方がいい」
政権交代の意味をもう一度問い直す必要がある。各層にまんべんなく前年通りの分配を続けるのであれば
、交代の意味はない。シフトを変えることで当面の給付が減る層が出ても、「よい夢」を見せられるかが重要だ。菅政権は何をすべきか。
「現政権の目的は続けること。菅さんは何があっても辞めてはいけない。細川護煕政権と同じ道をたどる
ことは許されません」(同前)
冒頭の説明会終了後、小松氏に「なぜ、政治は社会保障の課題を解決できなかったのか」と尋ねた。
「これまでの有権者の投票行動に一貫性がなかったからです」
課題山積の今、政権の「初志」が試されているようだ。
予算そのものはあまり審議しない「予算委員会」
与謝野氏の「改革」は政権の方向性を修正できるか

2011年3月 2日 10:36 | 医療政策・厚生労働省・政局・政治・行政


