浜六郎の臨床副作用ノート~発がん(6) ~
浜 六郎 NPO法人 医薬ビジランスセンター(薬のチェック)代表
発がんとその抑制機能
細胞が分裂し、同じ遺伝子のものを複製して新しい細胞ができ、老化した細胞はアポトーシスする。放射線や紫外線、化学物質、ウイルスなど種々の物質が、遺伝子を変異させ、細胞回転のさまざまな段階で回転を異常促進、あるいは異常抑制させる。一方、人の体には遺伝子変異を修復する機能や、修復不能遺伝子を持つ細胞をアポトーシスさせる機能(その中心が、がん抑制遺伝子)、がん化した細胞を攻撃・排除する機構(免疫)が備わっている。
がん原遺伝子が変異してがん遺伝子ができ、がん抑制遺伝子や免疫機能に異常が生じると、発がんにつながるとされている。
免疫と発がんの密接な関係
免疫が、がんの成長を抑制している点に関する証拠は、免疫に関するどの教科書にも書かれており、いわば常識的事柄になっている。
第一に、潜在的ながんを多くの人が持っていることである。例えば、事故死した70歳以上の米国男性の80%に前立腺がんがあり、日本でも剖検した人の30%前後に前立腺がんが見つかっているとされている。
これだけ高率に持っていて、臨床的ながんとして認識されないのは、もともと、転移や浸潤能力が少ない可能性もあるが、免疫力で抑制され急速には成長しないことも一因になっているのではないか、と考えられる。
第二に、リンパ球ががん細胞を攻撃している様子が確かめられていること。
第三に、がんが自然になくなる現象である。幼児期の「神経芽細胞腫」の多くが成長とともに消失するのは、免疫機能が発達するからと考えられている。
第四に、生後すぐや高齢者などの免疫力が低い人、抗がん剤・放射線・強い紫外線にさらされている人、深い悲しみやストレスで免疫が低下している人などはがんになりやすいといわれている。
第五として、免疫抑制で持続感染あるいは感染が増悪し、傷害組織の正常な修復を担う炎症反応が抑制され、修復過程が長期化し、生体内で活性酸素が過剰に生じ、頻回の細胞分裂を余儀なくされ、遺伝子変異の機会を増大させる。
発がん物質
発がん物質は、発がん率を高めるか、できたがんの成長を早める物質である。前者はinitiatorと呼ばれ、後者はpromoterと呼ばれる。
Promoterはinitiatorにより生じた腫瘍の成長を促進させるもので、可逆的である。Promoterの発がんにおける役割を低く見る向きがあるが、中心となる免疫抑制物質は現実に多数あり、これは、発がん物質として重要である。
発がんinitiator
発がんInitiatorは、基本的には遺伝子DNAを直接変異させる(genetic carcinogen)。それ自身に変異原性はないが、変異の機会を高める物質(epigenetic carcinogen)でも発がん率は高まる。Initiatorで生じた変異は、いずれにしても不可逆的であり複数の変異(異常)の結果で初めて腫瘍としての増殖を開始する。
genetic carcinogenは例えば、活性酸素やウイルス、放射線、放射線類似物質である抗がん剤(シクロホスファミドなどのアルキル化剤、マイトマイシンやプラチナ製剤、アドリアマイシンなどのアントラサイクリン剤やイリノテカンなどのトポイソメラーゼ阻害剤)など。
種々のウイルスの持続感染が、遺伝毒性を有しているとされる。B型、C型肝炎ウイルスの持続感染と肝細胞がんの関係は確立している。
生体内で生理的に重要な役割を有しているエストラジオールなどエストロゲン、calcineurin阻害剤など免疫抑制剤は、epigenetic carcinogenとされている。流産防止に用いられたジエチルスチルベステロールに暴露された女児が成人までに膣がんを多発させたことは有名である。
フッ素化合物(歯磨き剤や洗口剤、吸入麻酔剤)は、genotoxicityがあり、発がん性があることをすでに述べた。
免疫抑制物質はpromoter
免疫を抑制する物質はいずれも発がん促進物質である。免疫抑制物質は、体の内外にあり、薬剤としても大変多く、意識すれば排除が可能となるため、極めて重要といえる。
体内免疫抑制剤:アドレナリンとステロイド
体内にも免疫抑制物質がある。危機や精神活動時に不可欠のアドレナリンやステロイド、GABA(いわば、体内のベンゾジアゼピン剤)である。
アドレナリンは、β2受容体が細胞の活動を抑制するため、骨格筋の血管壁や気管支の平滑筋が弛緩して拡張。これで全力疾走が可能となる。また、活動時にはマスト細胞表面のβ2受容体を介し、その活動が抑制されており、炎症反応が抑制されている。ステロイドは、種々の免疫細胞の活性化やプロスタグランディン、ロイコトリエンなどケミカルメディエーターの合成を抑制し、炎症を抑制している。
強いストレス状態が持続すると、体内のこれら免疫抑制物質が長期間続くため、免疫抑制状態が持続し、発がんにつながりうると考えられる。
治療するほどがんが増える
体内のこうしたストレス関連物質が免疫を抑制する作用があるため、薬剤としてこれらの系統の物質を使用しても、発がんにつながりうる。
体内のアドレナリンに相当する物質、例えば、薬剤としてのアドレナリン、β作動剤、エフェドリン、漢方薬の一つである麻黄湯、渇根湯などは免疫抑制作用があると理解しておく必要がある。インフルエンザに対して、麻黄湯の効果が主張されるが、これはアドレナリン様の免疫抑制により症状が軽減するためと考えられ、その一方で免疫抑制により最終的な治癒時期が遅れる可能性を考慮する必要がある。
ステロイドについては、例えば、プロトピック軟膏の発がん性に関する疫学調査で同時に判明した、ステロイド外用剤による悪性リンパ腫の増加を示す結果である。外用剤で生じ得ることは、内服ステロイド剤でも当然起きると考えられる。
カルシウム拮抗剤は、種々の細胞のカルシウムチャンネルを閉じるが、免疫細胞にもカルシウムチャンネルがあるため、免疫が抑制される。
アンジオテンシン受容体拮抗剤(ARB)やTNF-α阻害剤の免疫抑制作用と発がんや感染症増悪の関係についてはすでに触れた。
男性ホルモン、成長ホルモン、インスリン様成長因子(IGF-1)なども発がんに関係している。
コレステロール低下剤は、移植医療で免疫抑制剤の増強剤として利用されるように、免疫抑制作用がある。これは、細胞膜や細胞内二重膜構造物の原料であるコレステロールを低下させて細胞機能を低下させるとともに、スタチン剤が、コエンザイムQや、糖たんぱくの糖鎖の原料であるドリコールの合成を阻害するためと考えられている。
そのほか、非ステロイド抗炎症剤、クレオソート(正露丸)、骨粗鬆症用(ビスホスホネート)、制吐剤、統合失調症用安定剤、タミフルまで、発がんの危険が心配になってきている。
参考文献
1)Roittら著(多田富雄監訳) 免疫学イラストレイテッド{原著第5版}、2000年、南江堂
2) Brunton LB et al. Goodman & Gilman's The Pharmacological Basis of Therapeutics 11th ed McGraw-Hill, 20063)Pecorino著(日合弘ら監訳)がんの分子生物学、メディカル・サイエンス・インターナショナル、2010浜六郎の臨床副作用ノート
2011年2月16日 10:22 | 医療・浜六郎の臨床副作用ノート


