朝日の「東大医科研」記事が医療界に広げた波紋
誤解を与える不適切な報道による事故か、医学研究者の倫理観を問うスクープか──。10月15日付朝日新聞朝刊1面トップを飾った記事が、10日以上経過した現在も波紋を広げている。
記事は東京大学医科学研究所(以下、医科研。東京・港区)が2008年、がんペプチドワクチンの臨床試験の際、同附属病院で被験者に起こり、院内で「重篤な有害事象」と報告された消化管出血をペプチドを提供するほかの病院に知らせていなかったと伝えている。同記事には出河雅彦編集委員と野呂雅之論説委員の署名がある。
15日には医科研が清木元治所長ら関係者出席の下、記者会見を開いた。
朝日は同日夕刊、翌16日付朝刊でも続報を掲載。
16日以降、井上清成弁護士や卵巣がん体験者の会スマイリー代表・片木美穂氏らがそれぞれの立場から記事への違和感を表明。日刊ゲンダイも朝日と東大の対立をめぐる記事を掲載した。
20日にはがん患者団体有志が記者会見で「がん臨床研究の適切な推進に関する声明文」を発表。文中には21団体が名を連ね、会見には前述の片木氏、眞島善幸氏(特定非営利活動法人パンキャンジャパン事務局長)、天野慎介(特定非営利活動法人グループ・ネクサス理事長)の3人が出席した。声明文には〈厚生労働記者クラブにおける記者会見を10月18日に要請したところ、記者クラブの当番社より「協議の末、お受けできない」との回答を得た〉ことも併記された。
22日、日本がん学会(野田哲生理事長)と日本がん免疫学会(今井浩三理事長)が連名で抗議声明を発表。朝日記事中で名指しされた中村祐輔・医科研教授(国立がん研究センター研究所長を兼任)が代表を務めたオンコセラピーサイエンス社も抗議。
こうした声明や抗議を受け、朝日は23日付朝刊に同社広報部名義で「「記事は確かな取材に基づくものです」との見解を掲載。一歩も引かない姿勢を明らかにした。
一方、一連の抗議の流れは23日にも継続。自治医科大学学長で日本医学会会長も務める髙久史麿氏がネット上で「事実を歪曲した朝日新聞のがんペプチドワクチン療法に関する報道」と題する論考を発表。25日には清木所長が22日に発表した声明「大丈夫か朝日新聞の報道姿勢」がメールマガジンを通じて広くまかれた。
26日現在、一部臨床医の間では水面下で適切な医療報道を求める団体の結成と署名活動を模索する動きも進んでいる。
朝日新聞社「講演センター」の「講師紹介」によれば、出河氏は医療事故や薬害エイズをはじめ、医療、介護問題に取り組んできたらしい。「ひとこと」欄には〈医療は私たちが安心して生活するために欠かせない社会基盤です。「安全で質の高い医療を国民が等しく受けられるようにするには何が必要か」。現場を歩きながら考え続けてきたことをお伝えしたいと思います。〉とある。
医療をめぐる一般紙誌の論調は、06年に「医療崩壊」がキーワード化して以来、比較的好意的に推移してきた。だが、歴史を振り返ってみれば明らかなように、医療に対する世論は振り子のように賞賛と批判の間を揺れ動いてきたのが実情。
問題の記事は一読して文意がつかみにくいだけでなく、医学的にも妥当でない記述が目立つと医療者たちは指摘している。
10月31日発行の弊誌11月号では前出の井上氏による連載「経営に活かす法律の知恵袋」でこの問題を取り上げた。今後の事態の推移に幅広い角度から目を向け、続報をお届けする予定だ。
2010年10月26日 17:15 | 医療・医療報道


