NC独法化で露見した政治主導の可能性と限界㊦
4月1日、国立がんセンターは独立行政法人国立がん研究センター(NCC)として生まれ変わった。
理事長に就任した嘉山孝正・前山形大学医学部長はこの日、実に4回にわたって所信表明を行った。職員のシフトに合わせるためだ。嘉山氏が用意したスライドは45ページに及んだ。4回のうち1回はメディアにも公開。ここでは土屋了介・前中央病院病院長も登壇。トップの交替と組織の変容を内外に向け明示した。
嘉山氏は3月末、大学の卒業式当日に正装のまま新幹線に飛び乗った。東京駅でネクタイを替え、厚生労働省に出向き、辞令を受けた。謝恩会にも出席できないまま、翌日からの中央社会保険医療協議会(中医協)に備え、都内のホテルに宿泊し、そのまま出勤した。嘉山氏の理事長生活はこんな形で事実上始まった。
嘉山氏は独法化直後から職員へのヒアリングを精力的に進めていった。4月12日時点で1回20分程度のセッションは50回以上に及んだ。「何でもいいから問題を聞かせてほしい」という新理事長の要望にはさまざまな回答がなされた。「答えは現場にある」は嘉山氏の信条の一つだ。
並行して組織の検討も進めた。旧組織では93人の医師に対し、医長が100人を超えていた。外来部長の職にある人間でさえ、専門外は見当が付かない。「能力のある職員がそれを発揮できない仕組み」が組織を覆っていた。最終的には患者が最適な医療を受けにくくなってしまう。
嘉山氏は部長制に代えて科長制の導入を検討している。科長は20人程度を予定。伝達事項は科長を通じて現場に浸透させる。今後は副院長を科長の中から選任する意向。
組織改編について嘉山氏はこう解説する。
「潜在能力のある集団に横串を通したい。統制の取れた組織へとトランスフォームを図っていきます」
現場の勤務医が頑張れば報われる体制が着実に整い始めた。
最後に責任を取るのは理事長
懸念された厚労省の影響力や介入についてはどうだろうか。「まったくありません」と嘉山氏は胸を張った。嘉山氏の考えるガバナンス哲学からすると、制度を変えればそれで終わり。一部からは相当責められたが、押し切った。「最後に責任を取るのは私ですから」(嘉山氏)。
当初は「前総長には理事会に残る権利がある」と厚労省は説明していたが、事実無根であることが判明。定年の60歳を超えている職員はたとえ前総長であろうと理事長の同意なしに居座ることはできない。独法の理事長にはそれだけ強い権限があり、責任も常につきまとう。
注目された理事の人事は、岩坪威(研究・評価)、新井一(臨床・広報・施設)、町田睿(経営・業務改善)の3氏が発表された。
岩坪氏は2007年から東京大学大学院教授(医学系研究科神経病理学分野)。神経病理学、アルツハイマー病治療薬開発研究の泰斗であり、研究はもちろん、評価担当としても重要な役割を担うことになる。
新井氏は08年から順天堂大学医学部附属順天堂医院院長。臨床だけでなく、広報では情報開示、施設では院内環境の改善を推し進める。
町田氏は富士銀行出身。経営と業務改善のプロフェッショナルだ。
現在、理事のポストは法務・労務と教育・国際交流の2つが未定。
監事は大臣任命。公認会計士の長崎武彦氏(金融)と久道茂・日本医学会副会長(業務)に決まった。
病院長は嘉山氏が「現場の声を聞くために」当面の間兼任する意向。研究所長は東京大学医科学研究所の中村祐輔教授が兼任する。中村氏はゲノム解析のトップランナーの一人。
今後は厚労相から提示された中期目標に対し、NCCが中期計画を立案。目標に対しての反論も認められる。NCCの業務はすべてこの計画にのっとって進められていく。中期計画をどう業務に落とし込むかは、8月末までにアクションプランとしてまとめられる。アクションプランは事後に評価を受け、報告書を財務諸表などとともに主務大臣に提出する。国立の組織として役所の管理下にあったこれまでとはまったく違う。
1日に発表されたNCCの基本プリンシプルは以下の4つ。①がん患者に起きる医学的・社会的・精神的問題などを解決する組織②世界トップ20のがん研究・医療の展開③定員枠にとらわれず、業務内容による人員配置と広い人事交流④正規職員の増員、職員の福利厚生の向上。非公務員型組織である独法という制度を最大限に生かす意図が読み取れる。
併せてNCCの使命も次の7つに規定された。①調査②研究③技術開拓④先進医療の提供⑤教育(社会人:医師、看護師、コメディカル、ME)⑥政策立案⑦国際がんネットワークへの参加、リーダーシップ。これらを実現する上での人と資金を調達することもトップリーダーに求められる役割だ。山形大時代、組織改革や地域医療、政策提言など、多彩な活躍を見せた嘉山氏の腕の見せ所といえるだろう。
一方、辞令が降りた直後から嘉山氏は、国私を問わず全国のいくつかの有名大学と接触を続けた。連携大学院などの契約を結び、NCCにいながら博士号を取れる制度をつくるためだ。レジデントが誇りを持つことにもつながる。ここでも全国医学部長病院長会議で議論を牽引する中で培われた嘉山氏の広範な交友関係の底力が発揮された。
「就任から1週間でNCCの問題点をつかんだ」と言う嘉山氏。ガバナンスの要諦を尋ねると、「心ですよ」と即答が返ってきた。
NCC独法化は霞が関にぶら下がる122兆円もの公益法人・独立行政法人会計刷新の象徴。折しも独法対象の事業仕分け第2弾が近づいている。枝野幸男・行政刷新担当相は4月10日、さいたま市での講演で「対象とする独法は例外なくそのままの形で存続させない」と明言した。
官によらずとも医療は良くなる
ここでもう一度、政治に目を転じる。NCC独法化は仙谷由人・国家戦略相という医療に通じた実力者の尽力で何とか緒に就いた。だが、政治家個人の力量頼みが政治主導の本質なのだろうか。この点に限って言えば、政権交代から半年で民主党政権は一つの岩盤に直面している。
現政権の官邸や各省庁に、大臣をはじめ政治家にロイヤリティーを持っている官僚はほぼ皆無だ。役人は人事で動く存在。昨年の舛添人事で注目を集めた阿曽沼慎司・医政局長にしても、政務三役が決めたことには従うが、それ以外は医系技官の言う通りにする方が楽だしスムーズに仕事がしやすいだろう。脱官僚を目指すのであれば、今後は政治家直結のスタッフの増員が欠かせまい。
官の力によらずとも医療は良くなる。NCCはそんな当たり前の事実を体現する事例となれるのか。弊誌では今後も節目ごとにお伝えする。
2010年5月 6日 21:51 | 医療政策・厚生労働省・政治・行政


