「特許切れラッシュ」で問われる武田薬品・長谷川社長の真価
国内製薬業界で最大手の武田薬品工業が「特許切れラッシュ」という深刻な問題に直面している。いわゆる「2010年問題」である。武田薬品はこの直撃をどう回避するのか。注目したいのは03年に社長に就任した長谷川閑史氏の経営手腕である。
長谷川社長は創業家一族出身で社長・会長を16年務めた武田國男氏に抜擢されて就任。武田氏は長谷川氏を選んだ理由として「派閥や学閥の意識がない」ことを挙げていた。米国での生活が10年に及び、「国際派」をもって自らを任じている長谷川社長。社長就任の要請を武田氏から受けたときに、「私は私で変わりませんけど、それでよろしいですか」と念を押したと伝えられる。長谷川氏の社内評は「非常にクール」だ。
その後6年間、同社は武田・長谷川両頭体制を取ってきた。ところが、武田会長は続投すると見られていた今年6月に会長を退き、長谷川社長の"単独政権"となった。この退任劇について「クーデター説」といったきな臭い話もささやかれていた時期もあった。
武田氏も長谷川社長に負けず劣らず「我流」だ。オフィスで金縁の眼鏡に白カラー襟のピンクワイシャツを着こなす独特のファッション感覚。7代目武田長兵衛を襲名せず「創業家は私で終わり」と公言し、役員の子弟の入社を禁ずる内規も定めたといわれる。事情通は「社を去るにあたって祖先の築き上げた武田薬品の将来について、最後の厳しい注文を行った。立つ鳥後を濁さずではないが、後顧の憂いを残したくないということだろう」と語る。近頃、ポストにしがみつく経営者が多い中で、このあっさりとした退任劇は、評価される。
世界的大再編の渦中にある製薬業界で、武田薬品はどこまで独自性を貫き、名実ともに世界の仲間入りが実現できるのだろうか。長谷川社長の真価が問われるのは、これからである。

武田薬品工業の長谷川閑史社長は「2010年問題」を乗り切れるか
長谷川社長は創業家一族出身で社長・会長を16年務めた武田國男氏に抜擢されて就任。武田氏は長谷川氏を選んだ理由として「派閥や学閥の意識がない」ことを挙げていた。米国での生活が10年に及び、「国際派」をもって自らを任じている長谷川社長。社長就任の要請を武田氏から受けたときに、「私は私で変わりませんけど、それでよろしいですか」と念を押したと伝えられる。長谷川氏の社内評は「非常にクール」だ。
その後6年間、同社は武田・長谷川両頭体制を取ってきた。ところが、武田会長は続投すると見られていた今年6月に会長を退き、長谷川社長の"単独政権"となった。この退任劇について「クーデター説」といったきな臭い話もささやかれていた時期もあった。
武田氏も長谷川社長に負けず劣らず「我流」だ。オフィスで金縁の眼鏡に白カラー襟のピンクワイシャツを着こなす独特のファッション感覚。7代目武田長兵衛を襲名せず「創業家は私で終わり」と公言し、役員の子弟の入社を禁ずる内規も定めたといわれる。事情通は「社を去るにあたって祖先の築き上げた武田薬品の将来について、最後の厳しい注文を行った。立つ鳥後を濁さずではないが、後顧の憂いを残したくないということだろう」と語る。近頃、ポストにしがみつく経営者が多い中で、このあっさりとした退任劇は、評価される。
世界的大再編の渦中にある製薬業界で、武田薬品はどこまで独自性を貫き、名実ともに世界の仲間入りが実現できるのだろうか。長谷川社長の真価が問われるのは、これからである。

武田薬品工業の長谷川閑史社長は「2010年問題」を乗り切れるか
2009年9月 1日 04:00 | 医薬品メーカー・武田薬品工業・経済


