浜六郎の臨床副作用ノート~薬剤によるせん妄(4)~
浜 六郎 NPO法人 医薬ビジランスセンター(薬のチェック)代表
はじめに
薬剤によるせん妄が事件になる例が日本でも相次いでおり、ようやくマスメディアで取り上げられるようになった。今回は、パロキセチン(パキシル)など選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)による「せん妄」に伴いagitation(激越/焦燥)や攻撃性、衝動性が暴力事件につながったと考えられる例についてみてみたい。
【症例1】1-3)
この問題は、海外ではすでに20年前に始まっている。1989年、ジョセフ・ウェスベッカーは米国ケンタッキー州の仕事場において8人を射殺し、12人を負傷させ自身も自殺した。殺人事件の前に、SSRIの一つであるフルオキセチン(日本では未発売)を4週間使用していた。メーカーが提訴され、94年に和解が成立。その過程で企業が保有していた刺激症状に関する大量の資料が公表され、抗うつ剤使用と暴力行為との関連の可能性を一層示唆することになった 1-3)。
【症例2】2,3)
米国ワイオミング州の60歳の男性。これまでに5回の不安とうつ病のエピソードを経験したことがあるが、自殺や攻撃性(aggressive behaviour)など、重大な障害は経験したことがなかった。90年にうつ病のエピソードを経験した際、処方されたフルオキセチン服用後、激越 agitation、落ち着かないrestlessness、幻覚様の症状が出現し、3週間にわたり症状は増悪した。フルオキセチンをイミプラミンに変更して改善した。98年、新しい担当医は、フルオキセチンで害反応が生じたことに気付かず、パロキセチン20mgを処方した。2日後、おそらく2回目の服用後に、妻や訪問中の娘、9カ月の孫娘の頭に銃弾を発射した後、自殺を試みた。
裁判では2001年6月、娘婿の陳述により陪審員はパロキセチンが人によっては殺人や自殺を起こし得るという判断を下した。
裁判の経過中に出てきた証拠資料の中には、重篤な攻撃性を示した80人の症例中25人が殺人であった、とのメーカーの未公表調査結果が含まれている。
日本における例
私が鑑定を依頼されただけでも衝動や暴力事件が3件あり、いずれもパキシルが用いられていた。1件目は、仲の良い妻の頭をくぎ抜き(鉄製バール)で殴ったという46歳男性(おそらく厚生労働省への報告例中1-13の例)。2件目は、普段からは想像できないほど攻撃的、衝動的になり、パキシル増量後に、数百万円の公金の入った他部署の手提げ金庫のずさんな管理を止めさせようと警鐘を鳴らすために自宅に持ち帰った57歳男性公務員の事件。3件目は、慢性疼痛症候群4)の典型的な経過に伴う反応性抑うつ状態となった34歳女性。パキシル漸増中30mgで中断し数日後に自殺企図、3日後パキシル40mgで再開し、その6日後に小学生の息子を絞殺した事件である。
国への報告例
今年5月8日に開催された薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会に提出された資料5)によれば、3月末までのSSRI服用による他害行為などの例が多数報告されている。
パキシルによる他害行為の例
パキシル使用例の内訳は①傷害などの他害行為があった副作用報告例26件、②傷害等他害行為につながる可能性のあった副作用報告に分類された45件、③他害行為のない副作用報告に分類された例が102件報告されていた。この102件の中にも、衝動行為、激越、錯乱、妄想性障害、昏迷、アカシジア、精神病性障害、自傷行為、自殺念慮、自殺企図、自殺既遂、攻撃性、躁病、せん妄など、かなり激しい例が少なくない。これらの中から典型的と思われる例を示す。
①に分類された26件より抜粋:
1-4 30代女性。「大うつ病以外のうつ病」との病名でパキシルが用いられ、電話で主治医を罵り自殺すると言う。母親に対して皆殺しにしてやると言い、刃物で自分や母親を切る。灯油をまいて火を付ける。襖を破って物を投げるなどした。「激越」との副作用名がつけられ、報告された。
1-5 20代男性。「うつ状態」との病名でパキシルが用いられ、けんかをし、他人の首を刀で刺し、警察に逮捕された。「躁病」との副作用名がつけられた。
1-13 40代男性。「大うつ病以外のうつ病」との病名でパキシルが用いられ、妻に対して金属類(鉄製のバール)でもって頭部を殴打。全治1カ月の重症を負わせ、傷害罪で逮捕された。「攻撃性」との副作用名がつけられた。
②に分類された45件より抜粋:
1-46 20代男性。「強迫性障害」との病名でパキシルが用いられ、家族に「殺してやる」と包丁をふりかざし窓ガラスを割るなどの行為があった。「敵意」との副作用名がつけられた。
1-66 40代男性。躁うつ病との病名でパキシルが用いられ、人を殺したくなるという症状が現れ、「殺人念慮」との副作用名がつけられた。
1-68 70代女性。THA手術後の痛みに対して、心理的な要因を加味して、パキシルが用いられたところ、攻撃的な言動や態度が現れた。「激越」「攻撃性」との副作用名がつけられた。
1-70 40代男性。「大うつ病以外のうつ病」との病名でパキシルが用いられ、100m先を曲がる車に対しクラクションを鳴らす。「激越」「攻撃性」「衝動行為」などの副作用名がつけられた。
③として分類された102件より抜粋:
1-104 70代男性。脳血管性認知症があり、「大うつ病以外のうつ病」との病名でパキシルが用いられた。詳細は不明であるが、「激越」「せん妄」「情動障害」「錯乱状態」などの副作用名がつけられた。
1-166 30代女性。「大うつ病以外のうつ病」との病名でパキシルが用いられ、詳細不明であるが、「感情不安定」「自殺念慮」「錯乱状態」「悪夢」などの副作用名がつけられた。
パキシルは攻撃性が約2倍、他害行為は約3倍に
上記は、パロキセチン、フルボキサミン、セルトラリン、ミルナシプランの今年3月末日までの副作用報告から抽出した「敵意/攻撃性」に該当する合計268 件の一部である(それぞれ173 件、65 件、15 件、15 件)。パキシルが65%を占めている。実際に傷害等の他害行為があった例は、それぞれ26 件、7 件、2件であった(パキシルが74%を占め、ミルナシプランについては当該副作用報告は集積されていない)。
SSRIとSNRIの年間推定市場規模(980億円)中、パキシルは500億円を占める。この割合から見て、「敵意/攻撃性」の報告中に占めるパキシルの割合65%や、他害行為例中のパキシルの関与の割合74%は非常に多い(それぞれオッズ比では1.75、2.77で有意である)。
ヒト健康ボランティアにおいて敵意・攻撃性
英国でうつ病に承認後実施された健康成人男性を対象としたパキシルの第I相試験16件の集計データ6-a)では、敵意・攻撃性の有害事象(aggression)が、プラセボ群138人中0人に対し、パキシル群では271人中3人に生じていた。
統計学的に有意でないものの、健康男性が試験期間中に敵意・攻撃性を示すのはまれなこと、1.1%という高頻度で攻撃性を示したことは、極めて重大である2,3,7)。
英国におけるうつ病の承認を得る前の第I相試験(グループ1)の結果6-b)では、hostility(敵意)は報告されなかったが、極めて近縁の症状 agitation(激越/焦燥)が、プラセボ群65人中0人に対して、パキシル群では110人中では18人(16.4%)に生じていた(Petoオッズ比5.83; 95%信頼区間: 2.13-15.95、p=0.00057)7)。
agitationは、単に「落ち着かない」など軽度の症状にも用いるが、症状が強い場合は、敵意や攻撃性、暴力などの精神症状を伴う(あるいは進展する)ことがある8)。また、急性の認知障害である「せん妄」で激しい身体活動を伴う場合はagitated delirium(激越型せん妄)と呼ばれる状態となり、臨床的には、自傷(患者自身の外傷、高熱、横紋筋融解症)、スタッフが傷害を受ける、逆に医療者が患者に外傷を与えることなどが問題となる9)。
つまり、agitationは、焦燥に始まり敵意や攻撃性などの純粋の精神症状、身体症状と精神症状の両面を有する「せん妄」を伴うことがあり、基本的には身体的疾患カテゴリーに属する「神経系の障害」である10)。このため、hostility やaggressionを伴う神経疾患としてのagitationの症例は、現実にはどちらか一方の病名だけで報告されたり、併記して報告されたりする。
実際、agitationまたはhostilityが記載されている症例としてまとめて報告されることがあり11)、医師からの副作用報告5)にも、 hostilityに似た意味でagitationが用いられている(前述症例1-4、1-68、1-70、1-104など)。
無作為化比較試験において敵意・攻撃性が有意に増加
小児ならびに成人を対象としたプラセボ対照無作為化比較試験の総合的な分析で、敵意・攻撃性がプラセボに比較して、パキシル群で有意に高頻度となることが記載されている2,3)。敵意・攻撃性を示した患者は、プラセボ群6455人中20人(0.31%)、パキシル群9219人中60人(0.65%)であった。オッズ比は2.10(95%信頼区間1.27-3.48で有意)で有意に高率であった2,3)。
小児においてはパキシルの敵意・攻撃性が特に顕著
小児・思春期の大うつ病患者に対して、SSRIを用いた臨床試験において、敵意hostilityまたは激越agitation出現のリスクが比較されている11)が、パキシルの相対危険が7.69と突出して大きかった。相対危険が3.0を超えている薬剤はパキシルのみであり、しかも表の中で、セロトニン(5-HT)再取り込み阻害作用がもっとも強いのがパロキセチンである12)。
サルでは人常用量レベルで攻撃性を生じ死亡
サルを用いた実験では、ヒト用量(サル4mg/kgは、血中濃度でヒトと同程度)で4匹中2匹が死亡した。死亡例2匹は、2匹とも最初の実験における死亡。原因は明らかにされず、追加で2匹に同量が投与され死亡しなかったが、攻撃性が出現した13,14)。
用量が4倍になると血中濃度は19倍に上昇
パキシルは、血中濃度に個人差が大きく、さらに同一人物でも用量の変化の程度以上に血中濃度が変化する13,14)。用量が2倍で血中濃度は4倍、用量が4倍で血中濃度は19倍になる。
2分の1への減量で血中濃度は4分の1、4分の1 への減量で血中濃度は19分の1となる。従って、用量増減に際して血中濃度の増減が特に激しく、中毒症状だけでなく、離脱症状も出やすくなる。
暴力行為・攻撃性は用量変更時に起きやすい
パキシルは、開始時、増量時、減量時や中断時などに自殺関連(自殺、自殺企図、自殺念慮)の害や暴力関連(敵意、攻撃性、殺意、殺人)の害反応などが報告されている2,3,12)。
厚労省の評価はもっと厳しく
厚労省では、実際に傷害などの他害行為があった合計35件に、ミルナシプランによる傷害などの他害行為につながる可能性があった4件を加えて因果関係を精査し、パロキセチン2件、フルボキサミン2件で因果関係が否定できないと評価し、添付文書を改訂し注意を喚起した。しかし、述べてきた関連の強さを考慮すれば、わずか4件というのは明らかに過小評価である。
注意喚起患者背景との関係
実際、因果関係不明とした例についても、「SSRI 等を処方されたことにより、興奮、攻撃性、易刺激性等の症状を呈し他害行為に至ったか、あるいはその併存障害の進展により他害行為が発生したことが疑われた」5)と述べられており、実際上はこれらの例でも、十分その可能性が疑われているのである。なお、併存障害とは、躁うつ病や統合失調症のうつ症状、アルコール依存症やパーソナリティー障害などを意味している。
小児へのパキシルの臨床試験は非倫理的
諸外国では小児への大うつ病、不安障害、強迫性障害に用いた6件の無作為化比較試験が実施されていて、いずも効果は証明されず「無効」、かついくつかの試験で単独でも自殺および攻撃性が増大する害があり、メタアナリシスでも効果は証明されず「無効」、確実に自殺および攻撃性の害があった。自殺は約2.5 倍、激越もしくは攻撃性の害は約7.7倍増加した。
外国のデータですでにこれだけの結果が出ているので、日本の小児に良い結果が出ることはほとんど期待できない。このような状況で臨床試験を実施することは極めて非倫理的である。
おわりに
うつ病に悩む人が少なくない状況で、治療に困難を覚え、薬物療法に頼らざるを得ないという状況は理解できる。しかし、欧米では10年以上かけてSSRIの使用が増加してきたが、日本では、パキシルは、発売後数年以内に市場規模が500億円(出荷ベースで)を突破するなど爆発的な使用増加を示しており、無反省ともいえる使用がなされている可能性が高い。この点大いに自戒が必要ではないかと考える。
参考文献
1.Healy D. Let them eat Prozac. New York: New York University Press.( 2003)
田島治監修、谷垣暁美訳、抗うつ薬の功罪
2.D.Healy et al.: PLos Medicine 2006; 3(9): 1478-87
3.上記翻訳:医薬品・治療研究会、TIP「正しい治療と薬の情報」(2007)22(7):73-77および、22(8/9):86-90
4. オーストラリア治療ガイドライン委員会、医薬品・治療研究会(編訳)、鎮痛・解熱治療ガイドライン、医薬ビジランスセンター、2000
5.厚生労働省、平成21年度第1回薬事・食品衛生審議会 医薬品等安全対策部会(2009.5.8)資料No.2-4
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0508-4j.pdf
6.グラクソ・スミスクライン(GSK)Article 31 analysis
a) http://www.gsk.com/media/paroxetine/question_02.pdf
b) http://www.gsk.com/media/paroxetine/2003_appendix-02a.pdf
7.浜六郎、TIP「正しい治療と薬の情報」(2009)24(8/9)(予定)
8. Citrome L. Medscape 05/28/2002 http://cme.medscape. com/viewarticle/433701
9. Nelson SL. スライド:
http://www.uic.edu/com/ferne/slides/acep_promo_1003/ nelson.pps
10.浜六郎、agitation、aggression、hostilityの関係(未公表)
11.FDA-CDER,2004.2.2:http://www.fda.gov/ohrms/dockets/ac/04/minutes/4006M1_Final.htm
12.辻敬一郎、田島治 臨床精神薬理(2008):11: 245-251
13.日本薬剤師研修センター、新薬承認に関する情報:パキシル承認申請概要:
http://www.jpec.or.jp/contents/c01/link.html
14.浜六郎、TIP「正しい治療と薬の情報」(2004)19(12):123-127
2009年9月 1日 00:00 | 医療・浜六郎の臨床副作用ノート


